松戸諭役の仲野太賀

 大ヒット映画『シン・ゴジラ』(16)やNHKの連続テレビ小説「ひよっこ」(17)など、数々の話題作で活躍する個性派俳優・松尾諭。その波瀾(はらん)万丈の半生を本人がつづった同名エッセーを原作にした連続ドラマ「拾われた男」(全10話)が、Disney+(ディズニープラス)「スター」で見放題独占配信中だ。松尾諭自身をモデルにした、持ち前の人を引きつける魅力と強運で他人に“拾われる”ことで人生を切り開く主人公・松戸諭を演じるのは、人気沸騰中の若手演技派俳優・仲野太賀。草なぎ剛との兄弟役も注目を集める本作の舞台裏を語ってくれた。

-仲野さんは、これまで何度か実在の人物を演じてきましたが、同じ俳優として現役で活躍している人の役は初めてではないでしょうか。オファーを受けたときはどんな気持ちでしたか。

 実は、松尾諭さんとは今まであまり接点がなかったんです。ご自身の人生がドラマになるぐらい、いろんなことがあったというのは全然知らなくて。だからまず、原作を読ませていただいたら、一見情けない話からいとおしい話まで盛りだくさんで、ものすごく面白い。松尾さんご自身も、すごく人間味あふれる方だなと。僕も次男で家族構成が似ているので、家族のことやお兄さんとの微妙な距離感も共感できました。

-私も原作を読みましたが、おっしゃる通り、とても面白かったです。しかも、後半に入ると…。

 途中からアメリカに渡って、話が一気に壮大になっていくんですよね。「そんなことある?」っていう予想外の面白さもあり、「これはきっと面白いものになる」という予感がして、撮影が楽しみになりました。

-松尾さん本人の役を演じるプレッシャーはありませんでしたか。

 プレッシャーはそれほど感じませんでした。実はクランクイン前に一度、松尾さんとゆっくり食事をする機会があり、「何も気にせず、自由に演じてください」と言っていただいたんです。その言葉を信じて、原作は松尾さんの自伝に基づいていても、このドラマでは“松戸諭”として魅力的なキャラクターを作っていこうと、監督と話し合いながら丁寧にやっていきました。

-役作りの上では、体重を増やして見た目から松尾さんに近づけたのでしょうか。

 僕はどちらかというと痩せ型なので、もう少しボリュームがあった方が松尾さんの愛らしさやファニーな感じが出るかな、ということと、その方が脚本に書かれている“何だか憎めない”松戸諭の魅力が出るかな、ということで、体重を増やしました。実際、体を変えると、物理的に違うものが出てくるんですよね。特別おかしなことをやっているわけじゃないんだけど、何だかおかしいという、落語でいう「フラ」みたいなもの。そんな発見もありました。

-役や作品について、監督とはどんな話をしましたか。

 監督とは、「共感できる物語にしたい」と話し合っていました。そういう意味では、松尾さんに寄せていく作業に終始すると話が小さくなってしまうので、僕が演じることでちゃんとフィクションにした方が、見る人の間口が広がるんじゃないか。そのためには、松尾さんから生まれた物語だけど、話が進むにつれ、少しずつ独立した物語になっていくような着地点があった方がいいのかなと。眼鏡や方言など、松尾さんご本人からヒントを頂きつつ、そんなことを心掛けて役を作っていきました。

-その一方で、井川遥さんや有村架純さんなど、松尾さんが実際に作品などで出会った人たちも出演し、フィクションとリアルの間を描く虚実皮膜の面白さも見どころですね。

 そもそも、冒頭に松尾さんご本人が出てきますしね(笑)。皆さん、戸惑いながらも、松尾さんの物語だから出てくれた方がたくさんいたと思うんです。毎日、いろんな方が日替わりで現場にいらっしゃるんですけど、来る人、来る人、みんな松尾さんの面白い話をしてくれるんです。その話を聞いていると、松尾さんがいかに愛されているかがよく分かり、松尾さんの魅力や偉大さを実感する日々でした。僕自身、皆さんが「松尾くんに似ている」と面白がってくださって、「もっとやっていいのかな」、「間違っていなかったな」という気持ちにもなりました。

-序盤はそんなふうに、役者を目指す松戸諭の奮闘と恋愛遍歴を面白おかしく描きつつ、中盤以降は家族の話が軸になり、草なぎ剛さん演じる兄・武志との関係が重要になってくるようですね。草なぎさんとの共演はいかがでしたか。

 今回、草なぎさんが本当に絶品なんです。カメラが回ると、もう兄貴でしかないというか。「ひょう依」という言葉が一番ぴったりくるかもしれませんが、とにかく草なぎさんのお芝居にスーッと吸い寄せられるように引き込まれてしまって。

-それはぜひ見てみたいところです。

 僕が子どもの頃から、テレビのど真ん中で輝いていた大スターですし、出演したドラマも何本も見て育ってきました。でも、知った気でいた自分が浅はかだったと思えるぐらい、とっても奥行きがあって。だからといって、そこに計算があるとも思えない天性のものも感じて…。年齢を重ねてもそんなふうに輝き続ける草なぎさんが本当にすてきで、とても勉強になりましたし、まだまだ人は輝けるんだって勇気づけられました。こんなふうにお芝居ができるんだったら、僕も年を重ねても、とにかく芝居を続けたいと思いました。

-ところで、草なぎさんと一緒にアメリカロケにも行ったそうですが。

 アメリカにいたのは3週間ぐらいで、スタッフもキャストも、基本的にキッチン付きのホテルで自炊生活だったんです。でも、僕は自炊が得意ではないので、「何かチンして食べようかな?」と思っていると、「コンコン!」と誰かがドアをノックする。開けてみると、スープを持った草なぎさんが立っていて、「太賀くん、これ作ったから食べなよ」って。草なぎさん、料理がとてもお上手で、自分で作った料理をおすそ分けしてくれるんです。それが一度や二度じゃなくて、何度も。「こんなに優しい人、いるの?」って、本当に感激しました。

-それはすごいですね。

 誰に対しても分け隔てなく優しいので、大スターであることを忘れて、撮影がないときは一緒に遊んだりして、“近所のお兄ちゃん”みたいな感じでお付き合いさせていただきました。ただ、現場に入ると草なぎさんはガラッと変わって、集中力がものすごいんです。だから、僕も本当にいろんな影響を受けましたし、草なぎさんの演技に感動しっ放しで、お芝居を忘れて、素に戻ってしまいそうになることもありました。

-そんな草なぎさんとの兄弟のドラマも見どころですね。

 後半はムードがガラッと変わります。それに合わせて、僕のお芝居も変わってくると思います。一部、センシティブな話もあるので、それまでの“松戸諭らしさ”は保ちつつ、前半とは違った心が動いてくるというか、違う場所がうずくような感じを意識しました。

-そういうドラマを通じて、家族について改めて考えたことはありますか。

 僕も家族構成が松戸諭に似ているので、自分の家族を投影しながら演じさせていただきました。その中で改めて感じたのは、たとえ一家だんらんが少なく、関係がぎこちなくても、家族は常に心の片隅にいるものなんだな、ということです。そういう“家族の大切さ”を改めて感じさせてくれた時間でした。

(取材・文・写真/井上健一)

 「拾われた男」ディズニープラス「スター」で毎週日曜日午後11時に見放題独占配信中。