中央線は西荻のガード沿い。
他の店ががらがらの日でも、「寅圭」だけは混んでいる。
西荻の中高年のバンドマンらが、練習帰りなのか楽器を抱えたまま、
「ここで待たせてもらうよ」と開け放たれた店の外の椅子で一服しながら、席が空くのを待っている。

我々の隣には白人と日本人のカップル。
白人がじつに旨そうに焼き鳥を頬張るのを見て、
中高年バンドマンが、「どう? ベリーナイス?」などと話しかけ、
「グウーッ」と白人がご満悦の表情をしてみせる。
「焼き鳥最高よね、お酒も安いのよ」
こちらは日本語、白人は英語だのに、「美味しい」という一点のみで奇跡の会話が成立する、そんな店。
看板には「オールタイム大サービス!!」の文字。
大衆酒場と言いながら、お値段はちいとも大衆的じゃない酒場も多い中、
初めてここに来たときには驚いた。













 


すばらしく凍ったジョッキで出てくる生は390円。














 

めちゃくちゃ美味しいやきとんと焼き鳥が全部一本80円。
しかもタレ、塩、味噌ダレ、辛ダレと選べて一本ずつ注文できる。
ふだんは塩派だが、ここではおまかせで食べるのが正解だ。
炙りればや砂肝の刺身など鮮度が命のナマものも旨い。
サワーも180円という缶チュウハイ価格なんである。
さて、今夜の連れは仕事仲間だ。

唐突だが我々はバブル時代を知らない。よって不景気と言われても今ひとつピンと来てはない。
しかし今宵のテーマは「いかにしてラクチンにお金持ちになるか!」である。
まあ、べつに今夜に限らずそんなようなことを飲めば語らう愚図な酔っぱらいだ。
店の奥では、「ホイ! ホイ! ホホーイっ!」と学生の合コンのコールが聞こえて来る。
一方、先刻の中高年バンドマンたちはロックだかブルースだかよくわからない歌を、
おのおの自分勝手に口ずさみながらの宴会だ。













ちょうど我々は両者の真ん中世代。
王様ゲームももはやできず、趣味(ロケンロール)にも夢中になれず、
ただひたすらに悩めるお年頃なんである。

ふと「あいようっ」という野太い声の主を目で追うと、タオル頭のガテンな店主だ。
彼はおそらくこちらと同世代だ。
いつ行ってもタオル頭。
冬でも腕を出し腰にもタオルをぶら下げ、焼き場の番長と化している。
あちこちから「つくね一本!」「焼きおにぎり!」などと注文が入るごと、
たねを串に丁寧につけ、ご飯をえっちら握る。
串は一本だろうと二本だろうと、何か挑むような目つきで火加減を見る。
ちょっとでも肉が焦げると気に入らねえ! とばかりに、ブンと投げイチから作り直す横顔は
陶芸作家さながらの迫力だ。
も、もったいない…と思わずこちらは目を見開けば、鋭い目つきでこちらを見やる。
はからずも私はその仕事人ぶりに打たれてしまった。
ラクしてレッツ金持ち! などと先ほどまでうそぶいていた己をすぐさま引っ込めた。













 

「あのう…」
なにかいいことを言いたかった。
「あいようっ」とアニキ。
「このあかひもってなんですか…」
「心臓と肝をつないでるところです」(なぜかにっと笑う)
「じゃあ、それを…」
「あいようっ」
とろける旨さ、絶妙な舌触りの初あかひもが間もなく登場した。
たった80円の串に一本入魂。つまり仕事とはそういうことなのだ。
好きなことをして生きてくとはそういうことだ。
通称「オトナのサイダー」(樽ハイ)を痛飲しほろ酔いの中、連れと私は生き様を改めるのだった。


追伸:
ちなみにこちらのトイレにはみんなのノートが置いてあります。
ペンションなんかに置いてある思い出ノートのようなアレです。
酔っぱらって何かを書いて来たような気がすると、後日びくびくしながら再び訪れて確認すると、
せんべろ愛と見せかけて、お店(厳密には店主)への熱烈ラブメッセージがやたらと大げさに書いてありました。
あれは、私です。












 

 

<今夜のお勘定>
炙りれば 350円
冷やしトマト 250円
はつ 80円
あかひも 80円
すなやわ 80円
つくね 80円
れば 80円
なんこつ 80円
おくら 130円
もつ煮込み 350円
樽ハイ 180円×3
生グレープフルーツサワー 280円
生ビール 390円×2
二人で合計3080円

 

【店舗情報】
西荻窪「大衆酒場 寅圭(とらよし)」
住所:杉並区西荻南3-15-12
17時~24時
無休

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。