渋沢栄一役の吉沢亮(左)と渋沢喜作役の高良健吾

 初めての俸禄(給料)をもらった渋沢栄一(吉沢亮)と喜作(高良健吾)を前に、一橋家から岡部藩の領主に話を通し、2人が正式に武士になったことを告げる平岡円四郎(堤真一)。さらに、栄一に向かってこう続ける。

 「そうだ、おまえはなりが武士っぽくねえから、この際、名を武士らしく変えるといい。いっそ派手に、志のあつさを示す“篤”の字を取って、“篤太夫”ってのはどうだ?」

 これに、「“篤太夫”とは、ちっと響きがじじいみてえで…」と抵抗する栄一。だが、「いや、われながらいい名前だ」という円四郎の一言で、“篤太夫”への改名が決定する。

 5月23日放送の「青天を衝け」第十五回「篤太夫、薩摩潜入」では、名を“渋沢篤太夫”と改めた栄一が、武家社会の中で本格的に始動。今まで縁のなかった武士たちと出会い、頭角を現していく姿が描かれた。(劇中では“篤太夫”に改名したが、当コラムでは、当面の間、“栄一”で表記していきたい)。

 まず、もともとは主君・徳川慶喜(草なぎ剛)とは意見の異なる攘夷派だった河村恵十郎(波岡一喜)や原市之進(尾上寛之)が、慶喜の考えに影響されて一橋家に仕えるようになったこと、かつて慶喜の小姓を務めた猪飼勝三郎(遠山俊也)が、何度か粗相をしながらも、それをとがめられなかった逸話などが明かされる。これを聞いた栄一は、慶喜の度量の大きさや人徳、先見性を改めて知ることになった。

 さらに、円四郎の命を受けた栄一は、摂海(大阪湾)のお台場築造掛を務める薩摩藩の折田要蔵(徳井優)の下に潜入。そこで全国から集まった武士たちや西郷吉之助(隆盛/博多華丸)と出会う中で、持ち前の実務の才能と人を引き付ける魅力を披露する。

 内外でさまざまな経験を積み、慶喜に対する理解を深め、自らの才覚も発揮していく。そんな栄一の成長を生き生きと描くドラマは、ユーモアのバランスも絶妙で、毎回のようにうならされっ放しだ。脚本や俳優陣の芝居、演出も乗ってきており、「血洗島編」を終えて新章を迎え、さらにアクセルを踏み込んできた印象がある。その中でもう一つ見逃せないのが、栄一と慶喜の関係の巧みな描き方だ。

 前回、栄一が慶喜に拝謁したことで、それまで無縁だった2人の間に主従関係が生まれた。2人の関係は物語の重要な軸となるが、それを描こうとすると、お互いを直接関わらせたくなるのが人情。

 だが前回、拝謁に苦慮したように、現時点で仕官したばかりの一家臣である栄一と慶喜が直接会うことはそう簡単ではないし、無理に会わせれば違和感が生じる。そこで本作が取ったのは、2人のつながりを”ほのめかす”というやり方だ。

 慶喜は前回、幕府に対抗しようとする薩摩藩国父・島津久光(池田成志)ら、参与会議のメンバーを「天下の大愚物」と批判し、「私はあくまでも徳川を守る」と決意。その直後、「この一橋が天下を治めるのです!」と自分の目の前で熱弁を振るった栄一の姿を思い出し、笑い声をあげる。

 続く今回は、折田の下で栄一の入手した情報が円四郎経由で慶喜の耳に入り、これによって久光の野心に気付く、という形で2人のつながりが描かれた。これで先手を打った慶喜は、久光を出し抜いて天皇を護衛する“禁裏御守衛総督”の任に就く。

 安易に顔を合わせることなく、巧みに2人の関係を印象付ける。これこそまさに、脚本(と、それを映像化した芝居と演出)の妙と言えるのではないだろうか。次回のタイトルは「恩人暗殺」。2人にとって大きな転機となりそうだが、その距離感の変化をこの先どのように描いていくのか。注目していきたい。(井上健一)