「Xシリーズ」の商品企画を担当する富士フイルム・電子映像事業部・商品部の上野隆担当課長

他社とは一線を画したプレミアム路線をひた走る富士フイルムのミラーレス一眼。2012年11月17日に発売された「X-E1」は、画質は兄貴分の「X-Pro1」と同等ながら、ボディ価格が約4割も安いという意欲作だ。高付加価値モデルの「Xシリーズ」で新たな市場を開拓しつつある富士フイルムで、シリーズの商品企画を担当する電子映像事業部・商品部の上野隆担当課長に話を聞いた。

●中身は上位モデルと同じ高画質

富士フイルムは、2012年2月、ハイエンドモデル「X-Pro1」でミラーレス一眼に参入した。ボディ単体で約15万円(発売当時)という高価な製品だが、電子式と光学式を切り替えられるユニークなファインダーや、解像度を高めるためにローパスフィルターレスの撮像素子を採用するなど、意欲的なモデルとして話題を呼んだ。それからわずか9か月、「真打ち登場、という気持ちで『X-E1』を投入した」(上野隆担当課長)。ボディ単体で約9万円という価格は、他社のミラーレス一眼のトップモデルの価格帯。しかし「X-Pro1」に比べれば、一般のユーザーでも手を出しやすくなった。上野隆担当課長は、「中身は『X-Pro1』とほぼ同じ、画質に関しては完全に同等だ」と断言する。

基本性能がほぼ同じ「X-Pro1」と「X-E1」。では、両者で最も異なる部分はどこなのか。上野担当課長に聞くと、すぐさま「大きさ」という答えが返ってきた。「『X-Pro1』は大きくて角張っている。もともとミラーレスというよりは、高級なレンジファインダースタイルのカメラだと思っているが、ミラーレスというカテゴリで考えれば『X-Pro1』は大きい。そこで『X-E1』は、ファインダーを電子ビューファインダー(EVF)だけにして小型化した。一方で、そのファインダーには236万画素の高精細有機ELを採用している」。

「X-Pro1」では大きなスペースを必要としていた光学式のファインダーは、確かにタイムラグがまったくないという点ですぐれているが、それはプロやベテランユーザーの領域。一般ユーザーの用途やスナップ撮影であればEVFでも大丈夫、という判断だったようだ。

「逆に、マウントアダプタを介していろいろなレンズをつけて楽しむときは、マニュアルフォーカスでしか使えないので、少しでも高精細なEVFのほうがピントが合わせやすい。144万画素のEVFしかない『X-Pro1』よりも、236万画素の『X-E1』のほうが使いやすいかもしれない」と上野担当課長。

撮像素子には、APS-Cサイズで1600万画素の「X-Trans CMOS」という「X-Pro1」と同じものを搭載。特殊な配列のカラーフィルターによって、通常の撮像素子が備えるローパスフィルターなしでもきれいな画像が得られるようになった。上野担当課長は、「撮像素子のベースとなるセンサーの基幹部品は外部製造だが、それを自社でX-Trans CMOS化し、製造している。ローパスフィルターのない撮像素子であの価格というのは、大変お買い得だ。販売担当からは、『X-Pro1』をどうやって売るんですか、と言われているくらい」と苦笑いする。

●フィルムメーカーだからこその撮像素子へのこだわり

富士フイルムは、デジタルカメラの早い時期から独自の撮像素子にこだわってきた。「ハニカムグリッド」「ハニカムSR」「HR」「EHR」、そして「X-Trans」と、他社にはない撮像素子を次々と開発している。「もともとがフィルムメーカーであり、レンズメーカーだからでしょう」と上野担当課長。「カメラメーカーは、カメラはつくってきたが、色はつくってきていない。しかし、我々はフィルムをつくってきた。そうすると、デジタルで出た絵に対して納得がいかない。なんでこんなに平坦なのか。深紅のバラの中にある濃淡をどうにか表現できないか……などということをずっとやってきたので、センサに対するこだわりがある」。

また、レンズ交換型デジタルカメラでは、ごく一部の上級機種でしか採用していないローパスフィルターなしの撮像素子についても、「ローパスフィルターを外したのは、レンズメーカーの想い、プライドがあったから」と語る。「解像度が高くて味のあるいいレンズをつくっても、ローパスフィルターがすべて台なしにしてしまう。こんなにいいレンズなのに……。しかし、これまではモアレや偽色対策でローパスフィルターを入れざるを得なかった」。そこで、「撮像素子の構造にモアレや色が出にくいフィルムに近い構造を取り入れ、たどり着いたのが『X-Trans CMOS』だった」というわけだ。

●35mmフルサイズセンサを超える画質

このところ急激に増えている35mmフルサイズの撮像素子。圧倒的な高画質が得られることから各社が採用しはじめているが、富士フイルムがそこまで撮像素子にこだわるのなら、なぜフルサイズセンサにしなかったのだろうか。上野担当課長は「今後の製品戦略のなかで、現段階でフルサイズに関していえることはない」としながらも、「Xシリーズ」でフルサイズを採用しなかった理由を語ってくれた。

「『X-Pro1』で最後まで悩んだのが、センサのサイズだった。高画質を得るにはフルサイズが有利ですが、システム全体の小型化を考えるとAPS-C」。悩みは相当深かったようだ。しかし「『X-Trans』ができたときに、通常の2000万画素クラスのフルサイズセンサの解像力は超えられるというめどがついた。ノイズ特性にもすぐれている。ローパスフィルターを外し、配列を工夫すればいける、と。そこで、レンズもボディもすべて小型化できるAPS-Cで勝負することにした」。その後、「X-Pro1」の撮影テストでは、一部のフルサイズ撮像素子を搭載したデジタル一眼レフより高い画質が得られることがわかったという。

ところが、「それでもユーザーからは『フルサイズが欲しい』という声が上がった。『X100』のときも『X-Pro1』のときも、必ず言われた。こうなると、市場の声として無視はできない。いろいろなレベルで検討している段階だ。ただ、XマウントはAPS-Cに特化したマウントで、あの中にフルサイズを入れることはできない。では、第2のマウントをやるのかとなると……。ちょっとそこは違うのではないかと思う」と上野担当課長。フルサイズ撮像素子の悩みからは、まだ逃れられそうもない。

●正真正銘コンパクトでありながら「X」を冠する

同時期に発表した「Xシリーズ」のコンパクトモデル「XF1」。「フラットボディでスタイリッシュなカメラとして、『Xシリーズ』の裾野を広げるためのモデル。『Xシリーズ』は、これまで最も低価格な「X10」でも約6万円の価格で、まだ大きいカメラだった。そこで『XF1』はもっと手頃で、ポケットでいつも持ち歩けるXシリーズを目指し、それがXF1になりました」と上野担当課長は位置づけを説明する。

実は、「XF1」のシャッター音は上野担当課長が持っているフィルムカメラのもの。「『XF1』も『X100』『X10』も、シャッター音は全部私のカメラから録音したもの。今でも趣味のカメラはフィルムで撮るフイルムオタクなので……。だから音づくりにもこだわっている。本当は電子音はいやなのだが、何の音もしないと撮った感じがしない。どうせ電子音にするなら、絶対いい音にしようと思った」。確かに小気味よいシャッという音は、どこか懐かしさを感じさせる。

もちろん、基本機能にもこだわりは生きている。「画質はいっさい妥協せずに、折りたたみ性能を高めながら、常に持ち歩きたくなるような魅力ある外観にするかで苦労した。黒・赤・茶のカラーバリエーションが好評で、実は男性でも赤を選ぶ人が多い」。

富士フイルムには、古くから「FinePix」というコンパクトカメラのブランドがある。「XF1」をあえて「X」ブランドにしたのは意味があるのだろうか。

「企画段階では「X」ブランドにすることは決まっていなかった。位置づけとしては、『X』と『FinePix』をつなぐ存在。しかし、開発を進めていくと、いいレンズができそうだとか、撮像素子も2/3インチで『X10』と同じものを使って……となってきて、結局本格的なカメラに仕上がった。そこで、「X」のエントリモデルという位置づけにした」と開発の経緯を語る上野担当課長。ここでも開発チームのこだわりは存分に発揮されているようだ。「レンズは7枚構成。そのうち、ハイエンドのレンズにしか採用されない非球面レンズとED(異常分散)ガラスを使ったレンズが6枚。そのうち1枚は、EDで非球面、それだけ技術を投入したモデル」という。

●Wi-Fi対応は簡便な接続が鍵に

世界的に縮小しつつあるコンパクトカメラ市場。特にローエンドのコンパクトは、スマートフォンの影響でどんどん市場が小さくなっているのが現状だ。しかし40~50倍という高ズーム倍率など、付加価値のあるモデルや高画質モデルは伸びている。最近話題のWi-Fiへの対応については、「すでにWi-Fiは特徴ではなくなっている。いかにアクションを少なくしながら接続するかがポイント。2タッチで終わり、くらいにしないといけない。接続の簡便性が求められる。例えば、『Zシリーズ』の一対一通信は、アプリさえ立ち上げておけば、ボタンを押すだけで勝手に通信を始める。この簡便さが非常に重要になる」。

「『Xシリーズ』については、『スマートフォンからカメラをコントロールしたい』『スマートフォンでカメラにある画像を見たい』などのご要望をいただいている。現行モデルではまだ実現できていないが、次世代モデルでは、このあたりを標準装備にしていく必要があるだろう。スマートフォンでは撮影できない画像が撮影できる「X」だからこそ、そうした連携機能が重要になる。ぜひ実現したい」。

●「高画質で小さく、という要求を満たしていくと、あの形になる」

「Xシリーズ」を見ていると、ドイツの高級カメラ「ライカ」へのリスペクトが感じられるが、実際はどうなのだろうか。

上野担当課長は「個人的にはとても尊敬しているが、会社としてはそういったものはない。カメラの形がなんとなく似ているのは、ある種の必然ではないか。高画質で小さく、という要求を満たしていくと、あの形になる」と語る。また「ダイヤルオペレーションにもこだわりがある」という。「電源を入れて、液晶やファインダーをのぞかないと絞りやシャッタースピードがわからないカメラはダメ。構えたときにはセッティングが終わっている状態にしなければ、スナップは撮れない。ということになると、必然的にあのデザインになる。機能が形態を決定する、ということ」という。

そして、「数字に表れない、道具に対して根源的に求めているものというのは絶対あると思う。腕時計はそのいい例。1万円も出せば十分なのに、いくらでも高価なものが存在する。カメラも、本来そういう道具ではないか。1年ともたず、古くなっていくサイクルのものではないと思う」と力強く語る上野担当課長。さらに「『Xシリーズ』の共通の特徴は、持つ喜びと操る喜び。この二つがないカメラは「X」じゃないという基準がある。持って、操作して楽しい。この二つは必須の要素」と教えてくれた。カメラ好きにとっては、こだわりのチームが繰り出す次のモデルがますます楽しみになってくる。(道越一郎)