「男の生き様」部門の注目作6本

『ペット安楽死請負人』©It's Alive Films

表向きは自動車修理工、裏でペットの安楽死を請け負う男『ペット安楽死請負人』

その中でも、特に衝撃的なのが、 タイトルからすでにおぞましいフィンランド映画『ペット安楽死請負人』だ。

「ベレー帽にピアス、パイプというそのルックスからして1回見た ら忘れられないぐらい個性的なおっさんが主人公で、 表向きは自動車修理工の彼は裏でペットの安楽死を請け負っているんです。

気楽にペットの処分を依頼してくる客には自らの人生論を交えた説教をしてから仕事を引き受けるのがこのおっさんの流儀ですが、 ある一匹の犬を殺せなくて、 自分で飼ってしまったところから彼の生活の歯車が狂っていくとい う…これはスリラーというより、 ハードボイルドと呼びたい作品ですね。

フィンランドの郊外の街が舞台なんですが、 ネオナチの若者が育ってしまうのも当然と思えるこの街の社会問題 も絡めて衝撃的なラストに向かっていく展開が見事です。

監督のテーム・ニッキはまだ若い人ですが、昨年のワールド・ フォーカスで上映した『オリ・マキの人生で最も幸せな日』(16)のユホ・クオスマネン監督ともども、ここ数年、 フィンランドから面白い作家が次々に出てきています。

主人公のおっさんを演じたマッティ・オンニスマーは、 フィンランドの映画業界では名脇役として知られる人。 ニッキ監督が『ようやくこのおっさんに相応しい脚本を書けた』 ということで大抜擢して、本作で映画初主演を飾ったようです」

『グッドランド』 ©Les Films Fauves - Novak Prod - Bauer & Blum - ZDF/Arte - 2017

終盤の展開は一筋縄ではいかない『グッドランド』

あまり日本では観ることのできないルクセンブルグの映画『グッドランド』も、作品、主演俳優ともに『ペット安楽死請負人』 に負けないぐらいのインパクトで特殊な「男の生き様」 に迫った衝撃作だ。

「奇妙なスリラーですね。 ルクセンブルグは狭い国土の半分ぐらいが農村地帯で、 その農村地帯のことを『グッドラック』と呼んでいるそうです。

この映画が描くドラマは決してグッドではないですが、 わざと皮肉を込めてその呼び名をタイトルにしたわけですね。 収穫期の秋の農村にひとりの流れ者がやってきて、 人手が足りない村は彼を受け入れます。

ところが、 その男にはもちろん秘密があって、 観客はその村にもへんなところがあることにだんだん気づいていく という…… そこからちょっと捻ったスリラーっぽいテイストになっていくんですが、終盤の展開は一筋縄ではいかないですね。

デヴィッド・ リンチの映画にも似た、えっ、何だ、何だ?  というラストに雪崩れ込んでいくので、お客さんに“なるほど、 これでコンペなのね?”ってニヤニヤしてもらえると思います。

ゴヴィンダ・ヴァン・ メーレ監督は映像業界には長くいるみたいですが、これが長編の2本目か3本目ですが、今年の発見の1本と言えると思います」

『迫り来る嵐』©The Looming Storm

殺人事件の行方とその男の行方を追うクライム・ノワール『迫り来る嵐』

『迫り来る嵐』も中国映画としては珍しい本格的なスリラーだが、 矢田部氏は「まだ若いドン・ユエ監督は、 ぽっと出の新人にしては上手すぎる」と絶賛する。

「 工場の防犯課に勤めている泥棒の検挙に自信を持っている主人公の男が、 近所で起きた殺人事件の捜査に刑事気取りで首を突っ込むうちに、 だんだん正気と狂気の境目が分からなくなっていくという展開。

殺人事件の行方とその男の行方を追うクライム・ノワールですが、 ダークな画面に嵐の中の工場がドーンと浮かび上がってきたりする 大画面に栄えるダイナミックな映像表現をしていて、 新人とは思えないそのスケールには圧倒されるはすです。

ポン・ ジュノ監督の『殺人の追憶』(03)を彷彿とさせるものもありますね」

『シップ・イン・ア・ルーム』©Front Film

カメラマンと彼が出会った引きこもりの青年の交流を描く『シップ・イン・ア・ ルーム』

スリラーが続いたが、リュボミル・ ムラデノフ監督によるブルガリア映画『シップ・イン・ア・ ルーム』はそれらとは異なるヒューマン・ ムービーの秀作として見逃すことはできない。

「 カメラマンの青年と彼が出会った引きこもりの青年の交流を描く作品ですが、 カメラマンの男が引きこもりの男を外に出すためにとるある方法が 秀逸で。そこはネタバレになるから言えませんが、 映画が本来持っている力や映像の力を再認識させられる作品で、 希望に満ちていてとても優しい、 映画ファンの心に染み入る作品になっています。

映画ファンであればあるほど観てもらいたいですし、 ブルガリアで作られている映画は年間20~30本で決して多くは ないですが、キラリと光る作品が生まれてきているので、その中の 1本をワールド・ プレミアでお迎えできて本当によかったなと思っています」

『グレイン』

哲学的な側面とスケールを持つトルコ映画『グレイン』

「男の生き様」を映画の力、 映像の力で見せるという点においては、トルコ映画の『グレイン』 も負けてはいない。

「監督のセミフ・カプランオールは、前作の『蜂蜜』(10)でベ ルリン国際映画祭の金熊賞(グランプリ)を受賞したトルコを代表 する名匠のひとりです。

ただ、 これまでは眩い陽光の下で人々の暮らしを描くことが多かった自然 派の彼が、今回は打って変わって、 モノクロームの映像でディストピアSFに挑んでいて。 滅亡の危機に瀕した人類を救うかもしれないと言われる麦を探す旅 に出る教授の話なんですが、そこには難問問題や食料危機、 エコロジーの問題から人間の生き方を問う宗教の問題、 エゴイズムや科学に至る現代のいろいろな事象が盛り込まれていて 、 一見しただけではすべてを消化できない哲学的な側面とスケールを持っているんです。

『2001年宇宙の旅』(68)や『 惑星ソラリス』(72)の系譜にある見応えのある作品で、 ついていけない人もいるかもしれませんが、 そういう人もそこで何かスゴいことが起きているなということは肌で感じてもらえると思います。

しかも、 主人公の教授を演じているのが、『グラン・ブルー』(88)のジ ャン=マルク・バールですからね。 いい感じに歳をとった彼を見るだけでも価値があります」

『スパーリング・パートナー』 ©2016 - UNITÉ DE PRODUCTION - EUROPACORP

引退間際負けてばっかりのポンコツ・ ボクサーが大勝負に!?『スパーリング・パートナー』

そんな矢田部さんが「今回のコンペの作品の中で、 観客賞候補になるぐらい、 いちばん広い層のお客さんに支持されるかもしれない」 というのがフランス映画の『スパーリング・パートナー』だ。

「『憎しみ』(95)、『アサシンズ』(97)、『クリムゾン・ リバー』(00)などの映画監督としても知られるマチュー・ カソヴィッツが主演のボクシング映画ですが、 マチュー自身もボクシングにハマっていて、 アマチュアの世界でリング・デビューもしているみたいなので、 ボクシング・シーンもかなりリアルで迫力がありますね。

ただ、 彼が演じているのは引退間際の負けてばっかりのポンコツ・ ボクサー。

世の中には負けてばかりでも生活のためにボクシングを続けている プロがたくさんいるという事実をベースに敗者の美学が貫かれてい て、 そんな負け犬のボクサーが最後の最後で家族のために大勝負に出る という王道の展開をたどるんですけど、 家族愛に満ちた彼の周りの人たちもきちんと描いている。

奥さんや娘を演じている女優陣も本当に素晴らしいので、 ボクシング映画ファンだけではなく、誰が観ても心が温まる、 心が安らぐ作品になっていると思います。

監督のサミュエル・ ジュイは俳優出身で、これが長編の1作目ですが、“よくぞ、 こんなにきちんとした映画を撮れたな~”と思わせてくれます。 主人公がスパーリング・パートナーをつとめるヨーロッパ・ チャンピオンを、 本物のフランスの世界チャンピオンが演じているところにも注目し てください」

これでコンペティション作品15本をすべて紹介してもらったわけだが、どれもこれも個性的で面白そうで、 逆に日々の忙しい生活の中でどれを選んでみたらいいのか迷ってしまうという人も多いはず。

そこで矢田部氏に、 映画祭ビギナーの方や、 映画を年に数本しか観ない人が見やすい作品を独断と偏見で選んで もらった。

「 映画祭やコンペティション作品にあまり馴染みのない人にオススメ したいのは、やっぱり『スパーリング・パートナー』ですね。15 年のTIFFで上映した、チェット・ベイカーの生き様を描いた『 ブルーに生まれついて』よりもさらにメイン・ ストリームの作品ですから、観やすいですし、 どんな好みの人でも気持ちよく観られます。

普段は日本映画を中心に観ている方にも“ 外国映画も面白いじゃん!”と思ってもらえるでしょうし、 フランス映画に対して“意識高いな~” という先入観を持っていた方もほかのフランス映画も観てみようか なという気持ちにさせると思います」

それでは、 あまり映画を観慣れていない人が観て衝撃を受けそうな作品は?

「やっぱり『スヴェタ』でしょうね。“手話?何? は?  なんじゃこりゃ”と思うはずです。でも、 映画の力はすごくあるので、10人中3人ぐらいの人は“ こういう映画もあるんだ。

映画ってスゴいかも” って思ってもらえると確信しています。 そうなってくれたら嬉しいですね」

さあ、ここまで読めば、 あなたも観てみたいコンペティション作品が何となく定まったのでは? 今年の審査委員長を務めるハリウッド俳優トミー・リー・ ジョーンズらがどの作品を「東京グランプリ作品」 に選出するのか? を予想しながら観るのも面白いかもしれない。