ピエール=ロラン・エマール (C)Marco Borggreve ピエール=ロラン・エマール (C)Marco Borggreve

あなたの中に、知的好奇心という名の生きものが棲みついているとしよう。それは常に心地よい刺激を求め、感度のよいアンテナで新しい対象物をキャッチしようとしている。歴史の証言であり知の集積でもあるクラシック音楽(現在進行形のコンテンポラリー・ミュージックも含む)は、そうした期待に応えてくれるものだ。癒やしのアコースティック音楽としても楽しめるのだろうが、「求めよ、さらば与えられん」と新約聖書(『マタイによる福音書』)にあるとおり、音楽を深掘りして問いかける者には多くの答えを提示してくれる。

ピエール=ロラン・エマール ピアノリサイタル チケット情報

フランスのピアニスト、ピエール=ロラン・エマールは、数多くのピアニストの中でも「知的でクール」という意味において、最右翼の存在であろう。彼の奏でるピアノの音は常に純度の高い水を氷結させたような鮮烈さ、そして輝きにあふれている。そうしたピアニズムだからこそ、音楽はプリズムを通したような光を放ち、都会的な時間の流れに同化し、聴き慣れた和音から未知の響きが生まれるのだ。

そのエマールが「人生を共にしてきた音楽」と公言し、出会った瞬間より「(自分はこの曲に対し)特別な使命感があるのだと直感した」と断言するのが、オリヴィエ・メシアン作曲による大作ピアノ曲「幼子イエスにそそぐ20のまなざし」だ。エマールを育て上げたといっても過言ではない恩師、イヴォンヌ・ロリオ(メシアン夫人)から受け継いだレパートリーであり、作曲家からもその奥義を学んだという作品だが、演奏には強じんな精神力などを要するだけに、エマールも「(全曲は)年に2~3回程度しか演奏しない」という。

全20曲、トータル演奏時間が約2時間というこの曲は、敬虔なキリスト教(カトリック)の信者でもあったメシアンの信仰告白。さらには、音が色彩的に見えるという共感覚の持ち主だったと伝えられるだけに、幻惑的なその音楽からはさまざまな音が、虹のように空間へと放射していくようにも感じられるだろう。

めったにこの曲を演奏しないというエマールだが、天井が高く、大聖堂を思わせる東京オペラシティ コンサートホールだからこそ!と、日本では初めての全曲演奏に挑むこととなった。12月6日(水)は、音楽、空間(音響)、そしてこのホールに集まる聴衆が三位一体と成り、都会の夜に孤高の時間を楽しむという特別なコンサートになるだろう。

未知・未聴の作品であろうとも、各曲には「星のまなざし」「聖母のまなざし」「十字架のまなざし」「天使たちのまなざし」といったタイトルが付けられているため、聴き手にインスピレーションを与えてくれるだはずだ。

ベートーヴェンの「第9交響曲」のように、誰もが容易に受け入れられる音楽ではない。しかし特別な体験にこそ心惹かれるという方であるなら、きっと満足の得られる時間と空間になるだろう。求めよ、さらば与えられん。メシアンもエマールも、あなたの知的好奇心に応えてくれる。

公演は12月6日(水)東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアルにて。

文:オヤマダ アツシ(音楽ライター)