――絶対的エース・前田敦子の卒業以降、次期センターを勝ち取るのは誰なのか、注目を集めています。彼女のポジションを、別の誰かが担うことはできるでしょうか。

著書では、「あっちゃんはアンチをスルーすることなく真摯に向き合ったがゆえに輝いたのだ」ということを書きました。アンチが叩けば叩くほど、彼女は輝いてしまった。だからAKB48というのは、ある種、匿名掲示板の2ちゃんねるが生み出した「宗教」のようなものなんですよ。「私のことは嫌いでも、AKB48のことは嫌いにならないでください」という発言には、そうした「匿名掲示板の存在を無視することなく、それでも利他性を発露してセンターに立ち続ける」という態度が凝縮されていた。それこそが彼女を絶対的エースたらしめる要素だったと思います。

著書ではその姿をキリストにたとえて、「アホじゃないか」とさんざん批判も受けましたが、僕としては比喩としてぱっと浮かんでしまったんですよね。日本人というのはとかく宗教に鈍感だと言われますし、僕も宗教には全く縁のない人生を送ってきたのでその点は全く同じで批判は十分に受けますが、それでも誰でも知っている比喩として選んだつもりなんです。

そしてAKB48のセンターというのは今、日本社会で最も叩かれる存在の1つです。AKB48を嫌っている人も多くいるし、AKB48ファンの間でも「なんであいつがセンターなんだ」と叩かれてしまう。でもそのアンチが出てくれば出てくるほど、その子は輝いていくし、利他性を帯びて超越的な存在になる可能性がある。AKB48はそうした情報社会特有の超越的存在を何度でも生み出す可能性のある、未曾有のシステムだと考えています。

次世代のセンターを決めるには、「あの子がセンターに相応しい」とみんなが認める瞬間が必要です。総選挙という空間は、まさにそういう場所なんですよね。武道館に1万人の観客がいて、みんな推しメンもばらばらで違うのに、最後は一位の座を獲得したメンバーに拍手喝采が送られる。あの一体感は凄まじいものがあります。誰が、どのようにして、次期センターになるか――ファンの間に「あの子がセンターだよね」という空気が生まれたことで決まるのか、今はまだ想像がつきませんね。

現在、いちばん人気のある大島優子さんは2期生で、センターのあっちゃんと戦い続けてきました。普通のアイドルとは言えないほどタフで、握手会で会うとカリスマ的なオーラがある。強い武将のように見えるくらいです(笑)。ぱるるは次期センターとして期待されていますが、彼女のレベルに迫っているかというと、まだまだ普通の女の子、という感じ。この対比を見て「まだ任せられない」と思う人もいれば、「新しい層に変えていくべき」と考える人もいます。誰を推しているかでも、意見は分かれます。そして、それでいいんです。誰がセンターにふさわしいかなんて、客観的な指標で決められるわけがない。でもだからこそ議論もえんえん終わらないし、盛り上がる。アンチも湧いてくる。それがAKB48の活力なんですね。

先ほども申し上げた通り、センターがどうなるかは予想できません。ただ、たった1年半にハマった僕でも、新しいAKB48像の夢を見られるはすごいことだと思います。例えば、宝くじで1億円を当てたとして、推しメンに全部つっこめば、総選挙で1位にしてあげられるかもしれないわけですよ(笑)。極端な話ですが、こういう可能性があるのはおもしろいことですし、少なくとも「世代交代できるかもしれない」という夢をヲタに与えることには成功していると思います。それはAKB48が真剣にハマれるゲームであるということの重要な一側面でもありますね。