舞台『従軍中のウィトゲンシュタインが(略)』  撮影:引地信彦 舞台『従軍中のウィトゲンシュタインが(略)』  撮影:引地信彦

谷賢一、作・演出による舞台、テアトル・ド・アナール『従軍中のウィトゲンシュタインが(略)』が、3月29日(金)に東京・こまばアゴラ劇場で開幕した。

舞台『従軍中のウィトゲンシュタインが(略)』チケット情報

20世紀で最も偉大かつ独創的な哲学者、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの第一次世界大戦従軍中の姿を描く。最前線の、死と隣り合わせの日々のなか「語り得ないことについて人は沈黙せねばならない」という有名な一文で知られるウィトゲンシュタインの哲学、その精緻な思考が生まれてくる過程と、人間ドラマを見事に結実した1時間45分だ。

「物質の法則によって全てが決まっている」という科学的な世界観のなかで、人が生きている意味や「神」は、あるのか、無いのか。1000万人もの人が死んだ第一次世界大戦、人間の生の意味など無いかのようなギリギリの状況で、ルートヴィヒ(西村壮悟)は、論理と言語についての思考を続けている。そんなルートヴィヒに向かって、塹壕の劣悪な環境で右足を失ったカミル(井上裕朗)は「神は死んだ」「椅子が壊れるのと同じように、死ぬ。人生に意味など無い」と突き付ける。一方でベルナルド(伊勢谷能宣)は、戦死者に対して祈ることをやめない。男性ばかり5人のキャストの演技はそれぞれ見事で、オルゴールやランプを使った小さな空間ならではの演出が効果的だ。

そのうちルートヴィヒは、敵軍の迎撃作戦について思考しているうちに、言葉と世界に関する新しい発見をする。小道具をうまく使いながら、言葉の見方が変わるシーンは、思考がスムーズに理解ができる上に、劇の見方自体も変わって興味深い。そうして舞台はオーストリアからイギリスへ、月面へ、宇宙へと、言葉が語ることのできる限界まで広がる…。終盤、塹壕の暗闇と戦闘を描くシーンの緊迫感、そして友人の死と愛を描くラストシーンに至って、作品全体として「人間の生」が示される。

哲学というと、難解でとっつきにくいようなイメージがあるが、演技、音、照明、演劇の表現力を駆使した作劇で、うまく噛み砕かれていてわかりにくいことはない。語られる言葉と、様々な要素が絡み合って密度の高い、演劇ならではの深い感動を覚える作品にまとめられている。ぜひ劇場に足を運んで、体験してみて頂きたい。

公演は4月7日(日)まで、東京・こまばアゴラ劇場にて。