漫画に求められるものはヒーローである。そのためとして漫画では、いろいろな必殺技が使われてきた。もちろん荒唐無稽なものがほとんどではあるが、ありとあらゆるスポーツで様々な必殺技が幅を利かせてきた。しかしである。現実にそんな必殺技などあろうはずも無い。もちろんボクシングでパンチ一発ノックアウトの場面もあり、見る人にとっては必殺技かもしれないが、それは地道に練習を積み重ねてきた普通のパンチである。それは当たり前のことだ。

漫画の世界においても、これまでのような華麗に技を決める作品から、地道な世界を描く漫画が増えつつある。むしろ読者に近い等身大のキャラクターを描くことで、着実にファンを獲得している。また格好いい場面を描くだけでなく、欠かせない練習や食事や休養などを、そのスポーツを知らない人にも分かるように描いている。

『オールラウンダー廻(メグル)』

講談社のイブニングで連載中の『オールラウンダー廻(メグル)』(遠藤浩輝)は高校生が主人公だ。どこにでもいるような男子高校生、高柳廻(たかやなぎ めぐる)が、修斗(しゅうと)と呼ばれる総合格闘技に取り組んでいる姿を描いている。もちろん漫画であるからには、主人公に暗い過去があったり、他の選手にない優れた特徴を持っていたりもする。ただそう言った点を含んでも、どこかに居そうな高校生の日常を描いているように見える。

漫画で良くあるように、初めてすぐに才能を発揮して連戦連勝などという痛快なストーリーとは対局にあり、もう普通にコロコロ負けてしまう。ただしそれだからこそ、何かの拍子(本人にとっては努力なんだろうが)に勝つと、『よくやった!』と思えてしまうのである。そこにはかつてのような形ではないが、やはりヒーローがいるのだと思う。
最近になって、なにやら女性関連でもただならぬ雰囲気が出てきた。すんなりカップルになるとは思えないが、紆余曲折があるものの面白い組み合わせになるのではないかと想像している。そうなるとあの娘がヒロインになるのかもしれないが、現時点では主人公よりも強そうだ。まだまだ頑張れ主人公、と応援したくなる作品だ。

『鉄風』

講談社の「good!アフタヌーン」で連載中の『鉄風』(太田モアレ)は運動神経抜群の女子高生、石堂夏央(いしどう なつお)が主人公だ。こちらも総合格闘技に取り組んで行くのがストーリーだが、主人公は運動が得意ながらも、それ故に性格に難があるところが、『オールラウンダー廻』と大きく異なっている。 運動が得意であっても、いきなり総合格闘技を始めて上手く行くわけがなく、転校してきたクラスメイトにコロコロ負けてしまう。ところが彼女はそれが許せないと、どこか歪んだ意志を持って、本格的に総合格闘技に取り組んでいくのである。

連載ではまだまだ発展途上ながらも、いきなり大きな大会に出場。そしていきなりKO勝ちしてしまうなど、漫画らしい展開もあるが、その先には苦戦が待ち構えているのは、読者でも容易に想像が付く。それだけに『そろそろ負けるだろ』と敗北する姿を予想しつつも、『もしかしたら』とありえそうに無い勝ち進む展開も期待してしまう。この相反する先行きを両立させるところにも、従来の単純なヒーロー漫画にはない特徴がある。

両作品に共通しているのは、地道に練習を重ねる姿だ。練習と入っても、滝に打たれたり、雪が降る中で特訓をするわけではない。普通にジムや道場と呼ばれるところで、繰り返し反復練習を重ねている。やり抜く姿ばかりでなく、練習途中でへばってしまうことすらある。当たり前のことを当たり前にやるのが一番難しいと言うことがある。それをやっているのが先の作品に出てくる主人公達だ。そんな新しいヒーローが今の時代には合っているのかもしれない。

あがた・せい 約10年の証券会社勤務を経て、フリーライターへ転身。金融・投資関連からエンタメ・サブカルチャーと様々に活動している。漫画は少年誌、青年誌を中心に幅広く読む中で、4コマ誌に大きく興味あり。大作や名作のみならず、機会があれば迷作・珍作も紹介していきたい。