『ウエスト・サイド・ストーリー』(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

 現在公開中の『ウエスト・サイド・ストーリー』の評判が上々である。同作は、巨匠スティーブン・スピルバーグが、傑作ブロードウェーミュージカルを映画化したもので、公開前は、最初に映画化された『ウエスト・サイド物語』(61)が、アカデミー賞の10部門で受賞に輝いた名作として知られているだけに、懐疑的な意見も少なくなかった。

 ところが、いざふたを開けて見ると、現代性を兼ね備えたアレンジやダイナミックな映像表現などが高く評価され、今年のアカデミー賞でも7部門でノミネートを果たした。

 同作は、ニューヨークを舞台に、敵対する移民グループの抗争に翻弄(ほんろう)される男女を描いた悲恋物語で、シェークスピアの『ロミオとジュリエット』を下敷きにしていることは有名だが、実は、同じようにシェークスピア劇の直接の映画化ではないものの、モチーフにしたり強い影響を受けている名作は意外と多い。

 シェークスピア劇は、古典中の古典であるばかりか、名ぜりふのオンパレードでもあるため、後進の才能ある者を刺激し続ける宝の山なのだ。

 一例を挙げると、『スター・ウォーズ』シリーズのR2-D2とC-3POは、黒澤明の『隠し砦の三悪人』(58)に登場する太平(千秋実)と又七(藤原釜足)のコンビがモデルになっている。われわれ観客の目線に立った、いわゆる狂言回しであり、同時に物語に笑いやドタバタを盛り込む役回りなのだが、シェークスピアに造詣の深い黒澤の念頭にあったのは、『夏の夜の夢』の妖精パックではないだろうか。

 典型的なトリックスターのパックは、いたずら好きで物語を引っかき回す存在でありながら、最終的には物語をあるべきところに収めるのだから。太平と又七、R2-D2とC-3POは、パックを2人に分割したキャラクターといえる。

 その意味で、R2-D2とC-3POのコンビがまだ誕生していない『エピソード1』にジャー・ジャー・ビンクスを登場させたジョージ・ルーカスの方が、トリックスターが道化キャラで終わることの多い黒澤よりも、トリックスターの役回りに自覚的なのかもしれない。

 もう一例。ハリウッド映画黄金期の名匠エルンスト・ルビッチの『生きるべきか死ぬべきか』(42)では、四大悲劇『ハムレット』の名高いせりふが、身の毛もよだつような大爆笑を生む。名ぜりふを逆手に取ってナチスを痛烈に皮肉った風刺コメディーなのだ。

 ウィリアム・シェークスピアがいなかったら、映画史も今よりずっと色あせたものになっていただろう。その影響は大小数あれど、あくまでも今回は『ウエスト・サイド・ストーリー』と同じように、物語の基本構造がシェークスピア劇にならっている映画を集めて紹介したい。

黒澤明とシェークスピア

 シェークスピア劇がほかのジャンルに翻案される場合、往年のハリウッド映画では、やはり西部劇がポピュラーだったようだ。『オセロ』に着想を得た『去り行く男』(56)、『じゃじゃ馬ならし』に基づくジョン・ウェイン主演の『マクリントック(大西部の男)』(63)などは、今でもDVDや配信で見ることができる。

 SF映画の古典といえる『禁断の惑星』(56)も『テンペスト』を下敷きにしているとされている。

 日本の時代劇では、もちろん黒澤の『蜘蛛巣城』(57)と『乱』(85)がある。特に『蜘蛛巣城』は、四大悲劇『マクベス』を原作として明記しており、原作の舞台となる11世紀のイギリスと、日本の戦国時代の下剋上が類似していることもあって、かなり忠実に置き換えられている。

 しかも、能の様式美を取り入れた演出が、その置き換えを違和感のないスムーズなものにしていて、霧を活用した時間経過などけれん味もたっぷり。シェークスピアの映画化作品の中でも特に高い評価を得ている。

 一方、『乱』は、3本の矢の教えで知られる毛利元就と3人の息子のエピソードが基になっている。ちょうど四大悲劇『リア王』が、老王と3人の娘の物語だったことから、その要素が盛り込まれた。それでも、道化(ピーター)の存在を含め、逆に毛利家を借りて『リア王』を映画化したかのような濃密なシェークスピア感が漂う。

 また、『リア王』といえば、鬼才ジャン=リュック・ゴダールの超異色作『ゴダールのリア王』(87)や、『リア王』を下敷きにした小説『大農場』の映画化『シークレット/嵐の夜に』(97)もある。

異彩を放つタビアーニ兄弟の傑作

 また、ガス・バン・サントの初期の作品で、リバー・フェニックスとキアヌ・リーブスが主演した青春映画『マイ・プライベート・アイダホ』(91)は、『ヘンリー四世』と『ヘンリー五世』がベース。ドリュー・バリモア主演の『25年目のキス』(99)は『お気に召すまま』、『恋のからさわぎ』(99)も『じゃじゃ馬ならし』をベースにした現代劇だ。

 シェークスピア俳優として知られ、『シェイクスピアの庭』(18)ではシェークスピア自身を演じたケネス・ブラナーの監督作『恋の骨折り損』(00)は、『ウエスト・サイド・ストーリー』と同様にミュージカル映画にアレンジされている。

 そんな中、一際異彩を放つ傑作としてお薦めしたいのが、イタリア映画『塀の中のジュリアス・シーザー』(12)。名匠タビアーニ兄弟によるベルリン国際映画祭金熊賞受賞作で、服役中の囚人たちが『ジュリアス・シーザー』を上演するまでの演劇実習を追ったもの。

 ところが、ドキュメンタリーだと思って見ていると、次第に虚実の垣根が曖昧になり、せりふも、せりふなのか囚人自身の発言なのか、あるいは劇中劇のせりふなのか見分けがつかなくなる。その陶酔感! 話題の『ドライブ・マイ・カー』にも通じる、映画と演劇の融合に酔いしれてほしい。

『ロミオとジュリエット』からの派生作品

 最後に、『ロミオとジュリエット』から派生した映画にも触れておきたい。ミュージカルではないが『ウエスト・サイド・ストーリー』に最も近いのが、アベル・フェラーラの『チャイナ・ガール』(87)だろう。1980年代のニューヨークを舞台に、人種問題やギャングの抗争を絡めて描かれる。

 日本映画の『雷桜』(10)も、『ロミオとジュリエット』を下敷きにした時代小説の映画化だ。同じく日本映画では、第三舞台の鴻上尚史が監督した『ジュリエット・ゲーム』(89)も。さらには、『ウォーム・ボディーズ』(13)というゾンビコメディーに翻案したものまである。

 そして、極め付きは、アカデミー賞を受賞した『恋におちたシェイクスピア』(98)だ。シェークスピアが『ロミオとジュリエット』を書き上げるまでの誕生秘話を、恋を絡めて描いた、今はやりのバックステージもので、ヒロインの男装など、シェークスピア劇を特徴づけるさまざまな要素が盛り込まれている。

 直接の映画化ではなく、派生作品だからこそ、監督をはじめとする映画サイドの才気がほとばしる。その相乗効果、シェークスピアとのケミストリーを、ぜひ味わってみて。

(外山真也)