舞台『ペール・ギュント』 撮影:細野晋司(2017年 世田谷パブリックシアター) 舞台『ペール・ギュント』 撮影:細野晋司(2017年 世田谷パブリックシアター)

開場20周年を迎えた世田谷パブリックシアターによる日韓文化交流企画、イプセン作『ペール・ギュント』が12月8日に本公演が開幕した。平昌五輪の開・閉会式の総合演出家として注目される韓国演劇界の鬼才ヤン・ジョンウンの指揮のもとに、日韓20名のキャストが集結。ヤン自身が芸術監督を務める劇団旅行者(ヨヘンジャ)の代表作のひとつである本作を、日本人スタッフとともに再構築した舞台である。「彼のペールが見てみたい」というヤンの熱望により主人公を担う浦井健治を中心に、磨かれた身体性や言語表現の妙で想像力を刺激するヤン独自の世界観に、さらに熱の加わった豊潤な劇空間が誕生した。

舞台『ペール・ギュント』チケット情報

母親と恋人を故郷に残し、自分探しの旅に出て世界をさまようペール。その冒険譚の幕開きから、観客を瞬時に現実から解き放し、物語へと強く吸引する神秘的な空気が広がっていた。スローモーションからシャープなムーブメントへ、またリズミカルなステップと、俳優の体が雄弁に駆け回り、日本語と韓国語(字幕あり)の台詞が飛び交うシーン展開は、ある時はクレヨンで塗られた素朴な絵本の挿絵に、ある時はポップなコミックになり、さらに荘厳な宗教画を見たかのような胸打つ瞬間も訪れる。世界中で奔放な体験を繰り返すペールの旅の同伴者となり、トーンの変化する空間を浮遊する興奮が味わえるのだ。また国広和毅と関根真理の演奏による音楽が、より物語の寓話性を引き出す効果をあげている。

虚栄心に満ち、非情で、実のところ臆病な男という異質の主人公ペールを、浦井が天真爛漫に欲望をさらけ出し、思い切りの良い表現で魅力的に立ち上げていた。故郷を飛び出した頃の無邪気な顔を、冒険を経て策士の面構えに巧みに変化させていく。それでもペールの根本には無垢な魂があることを信じさせる、稀有なたたずまいを持った俳優である。母オーセを演じるマルシアは、小気味良く爆発させる明るさによって情の深さや空しさを痛切に伝えてくる。ユン ダギョンが扮したペールを誘惑する“緑衣の女”は、昆虫のようなユニークな風貌と独特な動きに目を奪われた。また、イプセンの戯曲では船のところを飛行機に替えたシーンは、ペールがいきなり現在を飛び越えて未来を旅しているようにも感じられて面白い。そこに“見知らぬ乗客”として現れるキム・デジンの、得体の知れない不気味な存在感が光る。

長い年月をかけ、さまざまな場所で己の生の爪痕を残してきたはずのペールが、旅の果てに「自分自身だったことなど、ただの一度もない」と指摘され、嘆く。その絶望を最後に受けとめる恋人ソールヴェイを、趣里が好演。神々しさすら感じる力強い声が耳に残った。

開幕前は日韓の俳優が表す情緒の違いを楽しみにしていたが、国籍の見分けがつかないほどに呼吸を合わせた、ヤン・ジョンウンの“チーム力”で構築された世界があった。濃厚なワークショップを重ねた所以だろう。俳優のみならず精鋭クリエイター陣によるスタッフワークの渾身をも隅々まで感じ取れる、圧巻の思想劇だ。

東京公演は12月24日(日)まで。

取材・文:上野紀子

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