ラブホテルと劇場が重なり合うような上演を目指した

――初演はライブハウスで上演されていましたが、今回上演するのはKAAT(神奈川芸術劇場)を始めとした全国7都市の劇場です。その空間の違い、大きな“箱”になったことも作品に変化を与えますよね。

岡田:僕の考え方が何よりも大きく変わりました。この作品の舞台となるラブホテルが最たるものですけど、ラブホテルを世界からある一定の時間隔絶されて過ごす場所と言っていいのなら、劇場にも同じことが言えますよね。

世界について考える、世界との関わりを持つために世界から隔絶される時間が必要かもしれないじゃないですか。劇場はそういう場所です。

お話で語られるラブホテルと劇場が重なり合うような上演を目指しました。

――演劇に対する考え方の変化はほかにもありますか。

岡田:想定する観客が変わりました。初演のときは、東京に住んでいて、東京のいまの在り様を知っている、日本語が分かる観客のことしか想定していませんでした。

僕の中で、東京は絶対化されていたんです。でも、いまの僕には東京は完全に相対化されている。

――今回は長野の京都、名古屋、豊橋、山口、香川など全国を巡回されますが、その土地土地で観客の感じ方や受け取り方は全然違うでしょうね。

岡田:全然違うと思います。“渋谷がどうしたこうしたとかそんなこと知らねえよ”って思いながら観てくれればいいと思います。

だって、それこそ海外公演の観客は渋谷ぐらいは知っているかもしれないけれど、東京のいまの在り様なんて当然知りませんから。

でも、演劇の半分の要素はお客さん。お客さんが属しているコンテクスト(文脈、状況や背景)と役者のパフォーマンスがどういう関係を結ぶのか? が上演の醍醐味ですし、いつもそれを楽しみにしています。

全国オーディションで20代の俳優を選んだ理由

――今回は7人の登場人物に全国オーディションで選んだ20代前後の俳優を起用されていますが、今回はなぜオーディションの形をとったのですか?

岡田:若いよい俳優と出会いたかったからです。

――20代の若い俳優たちと作りたかったんですか?

岡田:『三月の5日間』が若い人たちが出てくる話だからということもあるけれど、若い人たちと作ったら何が起こるのか? という好奇心があったんです。

――交わされるセリフも若い人たちのものですしね。

岡田:でも、演じている彼らにとっては10数年年上の世代の話ですし、あのときの渋谷の在り様は知らないですから、時代劇だと思って作っています。

――7人はどこにポイントを置いて選んだのですか?

岡田:僕が“この人とならクリエイションできるな”と思った人を選びました。

どういう意味かと言うと、例えば受身ではないとか、僕の言っている言葉が分かるとか、そういうことです。あとは、野心のデカい人。

――野心がデカい人ですか?

岡田:野心がデカくないと、年上の僕と若い彼らとの関係性の中ではどうしてもトップダウン的なクリエイションになってしまう。

特に日本は放っておくとそうなってしまうけれど、僕はそこにはまったく興味がないので、そうならないように、すごく慎重に選びましたね。

チェルフィッチュ「三月の5日間」撮影:星野洋介

僕は稽古場でひらすら“想像”という言葉を使う

――7人にはどんな演出をされたのですか?

岡田:僕の演出はすごく細かいです。でも表面上の細かさじゃないです。

僕は稽古場でひらすら“想像”という言葉を使うんですね。

役者が“想像”を持つことによって役者の身体に起こる作用を、観客は感覚的にとらえることができるんです。それが演技の力だと思ってます。

こう動いたとか、こっちを見たという表面上の動きは、そうした作用としてのものでないといけなくて、ただの段取りだとしたらそれは全然力を持ちません。

その力を生み出す条件である“想像”の在り様に関しては、「強い」とか「弱い」とか、「何を想像しているの?」「それじゃ足りないよ」とか、かなりうるさく要求します。

――20代の俳優さんたちと実際にクリエイションをしてみていかがでしたか?

岡田:疲れました。いつもより、カロリーも消費していると思いますけど(笑)、

それは楽しいからだと思います。

20代に対して、スゴいなと思うこと

――20代の人たちはやっぱり違いますか?

岡田:最初は彼らのことを知らないから20代の若者というくくりでとらえちゃってましたけどクリエイションのプロセスを一緒に踏んでいったわけで、それによって彼らは7人の固有名詞に僕にとってはなっていく。

だから今は、彼らをサンプルにして20代の若者たち全般のことを喋ることはできないという気持ちです。

でも、その上でやっぱりスゴいなと思うことはあります。

演じるという行為には“見る”“見られる”という関係の上にドーンと置かれるというものすごくデカい前提条件がありますけど、彼らの世代はほかの世代よりも、圧倒的に見られることに対してのスキルが高いと思います。

僕は演劇の作り手として、彼らからそれを感じましたけど、きっとそれはこの7人だけじゃないと思います。

舞台の上に立って観客と関係する行為を、すごくオーガニックなものにするスキルが基本的に高い世代なんでしょうね。これからも、とても期待できます。

チェルフィッチュ「三月の5日間」撮影:星野洋介

――彼らはなぜそのスキルが高いと思いますか?

岡田:ありきたりの理由しか思いつかないですけど、やっぱり子供のときからデジカメでバシバシ撮られてたりするからじゃないですかね。

彼らはたぶん写真を撮られるときにカッコつけるのとか飽き飽きしてるような気がする。

その点我々とはレベルが完全に違います。

――ところで、岡田さんの舞台は、役者が最初に「いまから、これについて話しますね」とお客さんに断ってからお芝居に入っていくところが独特で面白いと思うのですが、あのスタイルはどこから生まれたのですか?

岡田:そうやるのが普通だと思ったんです。だって、人前で何か喋るときは、最初に挨拶をするでしょ、みたいなことなんですけどね。

逆に、そういうのもなしで、いきなり始めるのってなんかヘンだよって思うんですよ。

――そういう芝居もけっこうありますよね。というか、そっちの方が多いです。

岡田:みんな、騙されているんだと思います。なんで、みんなヘンだと思わないんだろう? いや、僕だって、それをヘンだと思わないで観ることはできますよ(笑)。

できますけど、でも、ヘンじゃないですか?

――いきなり実際の場所やそこで流れている時間と違うものが始まることに違和感を感じるんですか?

岡田:演劇の形式があるじゃないですか。ある場所にお客さんが集まって、役者が舞台でやるものを観る。

その“お客さんが観ることで何かが起こる”ということが演劇ですけど、そこでやれる面白いことは幾らでもあると思うし、僕がそうしたのも自分の中では極めて普通のこと。

たぶん、演劇とはこういうもの、とか、こういう演劇が好きというふうに考えたこともないから、こういうこともできるでしょっていう感じでやったんだと思います。