柴咲コウ(左)と菅田将暉

 ついにフィナーレを迎えたNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」。番組を応援してきた視聴者は、主人公・井伊直虎(柴咲コウ)との別れを惜しみつつも、鮮やかな幕切れに喝采を送ったのではないだろうか。その余韻をより深く味わい、この1年を振り返ってもらうため、制作統括の岡本幸江氏に制作の舞台裏を聞いた。

-盛りだくさんの内容で、見事な最終回でした。途中、「真田が北条に付いただと!?」というせりふがありましたが、これは前作の「真田丸」で「向こうにもここに至るまでの物語があるのだろうな」とエールを送られたことに対するお返しだったのでしょうか。

 はい。ささやかなお返事のつもりです。「寝返った」というネタにこだわって、「この時期、何をしていましたか?」と時代考証の先生に相談して入れました(笑)。

-主演の柴咲コウさんをはじめ、全話を通して出演者の皆さんが役にぴったりはまっていました。配役が成功した理由はなんでしょうか。

 長い時間をかけて放送していくものなので、役者が演じているのを見て、森下(佳子/脚本家)さんが脚本に上手にフィードバックしていくんです。それが恐らく往復書簡のようになり、こういうお芝居ならそれを生かしてこうしよう、という部分があったのではないでしょうか。それを受けて、役者も寄り添っていってくれるので、やっていくうちにぴったりフィットしていく…。長くやっている作品の幸せなところです。

-その他、キャスティングで工夫した部分はありますか。

 今回、大河で初めてといわれているのが、早い時点で幅広い年齢層を対象に、大規模なオーディションをしたことです。恐らく大河では、これまで子役以外に大規模なオーディションをしたことはないと思います。私の頭にあったのは、六左と万福、高瀬の少女時代と成長後ですが、たくさんの方が応募してくれました。ご本人のお芝居を直接見させていただいて決めたわけですが、この四つのカテゴリーで600人以上は会ったと思います。ただ、その役に当てはまらない場合でも、魅力的な方がたくさんいました。その中から、他の役で出演していただいた方がかなりいます。時間をかけて準備できる大河ならではです。

-オーディションを実施したのは、どんな理由からでしょうか。

 朝ドラの時、オーディションでいろいろな方とお会いして、この役はちょっと違うと感じた方でも、他にぴったりな役が出てきたので出演してもらったケースが結構あったんです。それで、直接会うことは利点だと思ったことが一つ。

-もう一つの理由は?

 ある映画を見たときに知らない俳優さんがたくさん出演していて、調べてみたら舞台を中心に活躍されている俳優さんで。経緯を聞いたら、オーディションということだったので、「やはりオーディションをやらなくては」と刺激を受けました。そのときに気になっていた方の1人が、奥山六左衛門役の田中美央さんです。いい俳優さんだなと思っていたら、こちらのオーディションにも応募してくださったんです。

-オーディションで出会って出演された方は、他に誰がいますか。

 龍雲党のカジを演じた吉田健悟さん、中野直之の弟・直久の成長後を演じた冨田佳輔さん、第24回と最終回に出てくれた庵原助右衛門役の山田裕貴さんあたりはそうですね。他にも万千代(菅田将暉)が家康に仕え始めたころの小姓衆は、タモト清嵐さんをはじめ、みんなオーディションに来てくれた方です。石川数正役の中村織央さん、新野の三女・桜役の真凛さん、農民・角太郎役の前原滉さんもそうでした。他にも大勢います。

-視聴率については、どのように受け止めていましたか。

 過去の作品と比べて高いわけではありませんが、若い層が熱心に見てくださった印象です。中でも、30~40代の現役世代が多かったようで、実際に自分が今いる会社や社会で、矛盾やあつれきを感じながらも、一生懸命に生き延びようとしている方たちが身近に感じてくださっていたのかなと。NHKは普段なかなかその世代に見ていただけないのですが。

-前編のインタビューでおっしゃっていた「テレビドラマは今を生きる人へのメッセージ」というお話からすると、狙い通りという感じでしょうか。

 日曜夜8時の大河という枠をお預かりする以上、子どもさんも含めて幅広く多くの方に愛される枠でなくてはならないと思っています。ただ、直虎という人は決してスーパーヒーローではありません。どんなにつたなくても、どんなに自分のできることが限られていても、自ら汗を流して、より良い時代や社会のために奮闘する主人公です。そういった姿に現役世代が共感してくださったというのは、非常に有り難く、うれしいことでした。

-働く人々という点では、戦国時代の農民の生活が丁寧に描写されていたことも特徴的でした。

 民衆史の研究が発達してきたおかげだと思います。30年前と比べても、新しく分かったことがかなりあります。例えば、ドラマの中にも借金に苦しむ百姓たちが、「徳政令を出してくれ」と訴える場面がありましたが、ただ虐げられるだけではない百姓の姿もその一つです。そういうとき、誰が首謀者か分からないよう、訴状には円形に名前を書いたそうです。そういうディテールが見えると、一生懸命に生きてきた人たちの息遣いみたいなものが感じられて、物語を作る上でも生活感が出るように思います。今まではそういう部分が分からなかったので、描けなかったのかもしれません。

-なるほど。

 あとは私事ですが、実家が林業をやっていたので、木が盗まれる話は、実は祖父の体験談なんです。昔は木材というのは相当お金になったらしく、山から盗伐されたことがあったそうです。森下さんとそんな思い出話をしていたら、龍雲党に盗伐されるという話(第19回)が出てきました(笑)。

-材木が登場した裏には、そんな事情があったのですね。

 小学生の頃には父に連れられて植林をしたこともありますが、木の成長には時間がかかるので、40年たってもまだまだ切れるようにはなりません。自分が生きている間には現金化できず、次の世代、その次の世代になってやっと商品になるという時間がかかるものなんです。そういう息の長いものであるという話も森下さんとしました。それが、小さなお子さんがいらっしゃる彼女自身の「次世代に何を残していくべきか」という問題意識とリンクしたのかもしれません。

-第47回でも「山の木が元に戻るまでに、何十年もかかります故な」という中野直之(矢本悠馬)のせりふがありましたが、物語には岡本さんご自身の思いも強く反映されているのですね。

 そう思います。とはいえ、最も強く反映されているのはやはり題材選びです。戦国時代に生きる人でありながら武将ではない、という一事をもってある程度、方向性は決まりますから。

-お話を伺っていると、このドラマは戦国時代の人々の息吹が感じられる作品として、末永く親しまれていくような気がします。

 そうなるといいですね。歴史的事実を知るためではなく、私たちがいまだに堺の町や町人の姿を描いた「黄金の日日」(78)を思い出すように、「あの人たちの生きざまが面白かったね」という形で記憶に残ってくれたらうれしいです。

(取材・文/井上健一)

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