変なホテル名物の恐竜とアンドロイドのフロント。しかし、本質は他にある

2015年7月の1号店のオープン以来、「初めてロボットがスタッフとして働くホテル」として注目を集めている「変なホテル」。12月15日には西葛西にもオープンし、4店目にして初めて都内進出を果たした。ホテルとしてのロボット化の目的はコストダウンだが、ホテルに泊まる側から見れば、IoT化が進みロボット化が進んだ生活スタイルの絶好のサンプルだ。 そこで、IoTやITの進展がライフスタイルに与える影響を研究してきた、マカフィーの執行役員でコンシューママーケティング本部の青木大知本部長とBCNの道越一郎チーフエグゼクティブアナリストは、長崎県佐世保市のハウステンボスにある1号店「変なホテル ハウステンボス」を訪れ、新たな生活スタイルのポイントや問題点を体験してみた。

27種、247台のロボットが働く、ロボットホテル

一度聞いたら忘れない「変なホテル」。現在は佐世保(長崎県)、舞浜(千葉県)、蒲郡(愛知県)、西葛西(東京都江戸川区)の4か所で営業している。2018年以降、銀座、浜松町、浅草橋、赤坂、羽田、博多、大阪心斎橋などに続々とオープンする予定で、海外への進出も計画しているという。メディアによく登場するのはフロントで宿泊客を出迎える恐竜とアンドロイド。しかし、本質はさまざまな作業ロボットを駆使して高い生産性を追求する運営スタイルにある。

「従業員数は7名。うち2人は交代で公休をとるため1日5名で運営している」。ハウステンボス 変なホテル事業開発室の大江岳世志 総支配人は話す。30名体制だった2年前の開業当初に比べ、4分の1の人員で運営できるまでになった。144室あるホテルを24時間の5名で運営できるのは、ロボットの導入による省力化があってこそ。フロント業務はその一例。カウンターに備えられた端末でチェックインやチェックアウトは宿泊客自身が行う。

カウンターでのチェックイン操作は簡単でスピーディーだ。端末のマイクに自分の名前を話しかけると、予約者情報からデータを引き出し、画面に表示する。あとは確認してサインするだけ。通常のホテルで求められる必要事項記入の手間がない。場合によっては前泊地まで書かされる宿泊者カード。大江総支配人は宿泊カードの記入が「宿泊者にとって苦痛以外の何者でもない。しかも順番待ちまでして書くのはいやでいやでしょうがない」と話す。究極まで簡素化して20数秒でチェックインが完了するまでになった。

法律でパスポートのコピーを取ることを義務づけられている外国人客の場合、もっと時間がかかる。しかし、チェックイン機に備え付けたスキャナでパスポートを読み込ませ、コピーを取ると同時に文字を読み取り、予約情報と照らし合わせて画面に表示する仕組みを導入。大幅にチェックインをスピードアップした。青木本部長も「空港以外ではあまり見たことがないシステム」と舌を巻く。

宿泊客の苦痛を最小限に抑えながら、ホテル運営上も時間短縮によるメリットが受けられるというわけだ。フロント対応時に何かトラブルがあれば、人が対応するが、実際にチェックイン風景を観察していたところ、裏から人が出てきて対応することはほとんどなかった。

フロントのロボットを合わせ、現在27種類247台のロボットが働いているが、実際は地味なものが多い。床掃除、モップがけ、窓ふき、芝刈りという実用的な分野のロボットが数多く活躍している。

各客室には、コミュニケーションロボット「ちゅーりーちゃん」を設置。オランダの名産チューリップをかたどったハウステンボスのマスコットキャラクターだ。シャープのロボホンをカスタマイズして音楽を奏でる「ハピロボ楽団21」やニュースを読み上げる機能もある賢い「タピア」などもロビーで待機する。荷物を預けるクロークもロボットだ。

実証実験の場としても機能、ホテルとメーカー双方にメリット

おもしろく、同時に気がかりだったのは、変なホテルがロボットの実証実験の場にもなっているという点だ。15年の開業直後から、さまざまなロボットメーカーから試用の打診が相次いでいるという。不特定多数の客が訪れる現場で、ロボットを試用できる場所が他にないからだ。

変なホテルとしては、仮に実証実験であっても、新しいロボットが入ったと宣伝することができる一方、ロボットメーカーは、まさに実戦での貴重なデータ収集ができると、一石二鳥。裏を返せば、それだけロボットを実際に試せる場所が少ないということでもある。本格的なロボットやIoT機器の開発や一般家庭への普及を考えると、こうした状況はとても気がかりだ。

大江総支配人は「変なホテル ハウステンボスは広大な私有地の中にある。そのため、ロボットの試用にあたって考えられる法的な問題もクリアしやすい」と話す。自動運転を筆頭に、社会を変える最新技術を自由に試せる場所の拡大や規制緩和は、日本が世界について行くための最小限の条件だろう。

変なホテルの開業当初にチャレンジしたことのひとつは、客室で提供する情報をすべて1台のタブレットに集約することだった。部屋の明かりのスイッチからホテルの案内やハウステンボスのイベント紹介、フロントとの内線電話、テレビの視聴に至るまでを1台でまかなうようにした。しかし「動作が重い」「どこに情報があるかわからない」などのクレームが相次ぎ、このスタイルを断念した。現在は部屋にはテレビやチラシ、フロントにつながる内線電話機もある。

「タブレット方式を採用する時期が早すぎたのでは」との青木本部長の指摘に、大江総支配人は「確かにそうかもしれない。もしかすると今なら受け入れられる余地があるかもしれない。タブレット方式はもう一度チャレンジはしてみたいと思っている」と語った。

アイデアが優れていても、環境や時期は重要。スマートフォンが個々まで普及し、誰もがタッチパネルを当たり前に操作するようになっている今なら可能性は高そうだ。ひとつの試みとして、客室には、国内外への通話とデータ通信が使い放題のスマホ「handy」を各部屋に設置。「handy」には、050のIP電話番号が付与されており、日本国内はもとより中国本土、香港、台湾、韓国、タイ、米国への国際電話が無料でかけられるほか、相手に番号を教えて直接電話を受けることもできる。将来的にはここに情報を集約することもできそうだ。

LCCのホテル版「LCH(ロー・コスト・ホテル)」を目指して誕生

フロントの恐竜やアンドロイド、派手な動きのロボットクロークを見ていると、アトラクションやゲーム感覚が楽しめるホテルを目指してつくられたのかと思いがちだが、実際はそうではない。「航空会社で言うLCC(ロー・コスト・キャリア)と同じ発想のLCH(ロー・コスト・ホテル)をつくりたかった」と、大江総支配人は話す。そのための手段としてロボットを導入したという。

例えば、普通のホテルならクロークはほぼ無料だが、ロボットクロークは500円と有料。部屋にお茶やコーヒーはなく、ロビーの自販機で100円で売っている。連泊時のベッドメイクは1ベッド1回1000円。LCCさながらだが、コストダウンに伴う不快感は、不思議とあまりない。おそらく機器を使った合理的な環境が生む快適さとうまくバランスが取れているからだろう。その代表例が顔認証による部屋の解錠システムだ。

チェックイン時に発行されるカードキーで最初に部屋に入る際、同時にドアに設置されたカメラで宿泊者の顔を撮影し、顔認証情報を登録する。以後、カードキーでも顔認証でも部屋の鍵を開けることができるようになる。

今回宿泊体験した2人とも、解錠する際に顔認証しか使わず、カードキーの出番はなかった。うっかりカードを部屋に置き忘れて……などという心配は無用だ。ただ、顔認証については、「iPhone X」の「Face ID」同様、双子の場合は解錠してしまうこともあるといい、必ずしも精度は完全ではないものの実用上は問題ない。

「将来的にはスマホのアプリにお客様の顔情報を持たせるなどして、各地にオープンする変なホテル間で共通に利用できるスマートキーシステムの導入も考えている」(大江総支配人)。他のホテルのメンバーズカードをアプリでまかないつつ、スマートキーの機能も持たせるイメージだ。法律上の問題は多少あるようだが、チェックイン時にカードキーの発行すら不要になる可能性もあり、利便性はさらに高まりそうだ。(BCN・道越一郎)

*明日掲載の後編<文系7人でも故障対応ができる仕組みを構築 近未来の生活スタイルが見える>に続く