舞台「アジア温泉」 舞台「アジア温泉」

海外の演劇人とともに現代につながる普遍的なテーマを探り、新作を作り上げる新国立劇場のシリーズ企画「With-つながる演劇-」。ウェールズ(イギリス)編「効率学のススメ」に続く第2弾は、在日コリアンの劇作家・鄭義信が書き下ろし、韓国国立劇団の芸術監督で日韓ワールドカップ開会式の演出も務めたソン・ジンチェク演出の「アジア温泉」。俳優は、日本から勝村政信、成河、千葉哲也、梅沢昌代ら、韓国からはキム・ジンテら、日韓両国から11名ずつ出演する。5月10日の開幕に先駆け、8日夜に行われた公開舞台稽古の様子を取材した。

舞台「アジア温泉」

ソン・ジンチェクは、韓国の伝統芸能の手法を現代劇に生かした演出家として知られる。“マダンノリ(マダン=広場、ノリ=劇、遊び)”という祝祭的スタイルに則った本作にも俳優自身による楽器演奏、仮面を用いた舞踊、巫女的存在が司る神事的儀式などが盛り込まれ、賑々しくもどこか神聖な空気が漂う。またロビーにはチヂミ、射的、足湯・手湯などの雑多な屋台が立ち並び、お祭り気分を劇場全体で盛り上げる。

舞台は、アジアのどこかにある島。温泉が湧き出したこの小さな島にリゾートホテルを建設しようと、カケル(勝村政信)とアユム(成河)の兄弟がやって来る。先祖代々伝わる土地をよそ者に売るまいとする島の古老・大地(キム・ジンテ)と彼らは対立するが、アユムと大地の娘・ひばり(イ・ボンリョン)が道ならぬ恋に落ち……。と、「ロミオとジュリエット」になぞらえることができそうな物語の中に、異なる認識や文化に生きる様々な事情を抱えた人々の悲喜こもごもが描かれる。金銭でクールに土地をやり取りしようとする人々に対する大地の「そもそも土地は売り買いするもんやない!」という台詞などから現実に横たわる問題を彷彿せずにはいられないが、作り手が意図するものは日本と韓国という二国に限定したものではないのだろう。それは「大地」「フユ」「かめ」「ひばり」といった何者にも限定されない登場人物の役名、またなにより「アジア温泉」という広大なイメージを持つタイトルからも見てとれる。

とはいえ、日本と韓国の境界線に生きる作家・鄭義信の俯瞰的で公平な視点から、観客が現実問題にフィードバックして気づかされるものも多々あるはず。まずは互いを知ること――あまりに初歩的だが大きな一歩となる力強い道しるべが、絶望における一筋の光のようにまばゆく投げかけられる。

公演は5月26日(日)まで、東京・新国立劇場にて。チケット発売中。

取材・文:武田吏都