【酒場】歌舞伎町の老舗「番番」で“きよし”この夜

今宵のせんべらーは歌舞伎町の焼き鳥の老舗「番番」へ。氷川きよし似のイケメン店員にちょっかいを出しつつ、二十年来の常連客に含蓄深い恋バナを聞く。

千円でべろべーろに酔える店。それがせんべろ酒場だ。


歌舞伎町と言えば「やきとり番番」だ。
古びた地下の店内は蛇行するカウンター席のみ。
新宿がまだ田んぼだらけだった明治時代の古地図(やたらとでかい)やら、いつからあるのか、いつから動かないのかおじいさんのボンボン時計みたいのが壁にかかっているが、特にインテリアというわけではなく、何の計算もなくただあるという感じが味わい深い。地酒と馬刺を看板にしているが、せんべらーはここで一本100円のやきとりかやきとん、それに250円の酎ハイをリピートし、隣客と会話にならない会話をし始めるあたりからが本番である。歓楽街のど真ん中にいぶし銀の時が止まったようなこの大衆酒場を見つけたときは大層興奮した。
通い初めて5、6年の私はまだ若輩者。
 





 



最近になってどこぞの雑誌のグラビアにここの大将がアップで載ったらしい。
おかげで新しいお客さんがぞくぞく(主になんでか女子)が増えた。
そのせいかわからぬか、勝沼ワインなど女子を意識したメニューがちょろちょろ増えた。
ここの大将は船越英二(船越英一郎の父)にもうひとさじ、まろやかさを加えた顔をしている。
ザ•仏顔。基本無口だが気まぐれにニタっと笑う。
かと思えば注文に一切の相づちも打たず、聞こえてないのかと不安になれば5秒後に「はい、ワインロック」と出してくる。

  














「大将、こないだ雑誌出たんだって?」と私が言うと、
「うん、もうこの先短いから記念にね」とぼそりと言う。
「いやいやいや」と返しながら、遺影にする気かと心配になる。
カウンターの中には3~4人の男衆があうんの連携プレイで注文をさばいているが、いつもいるのはこの船越大将と絶対笑わないコワモテのおっさん。
それに今日は新人なのか初めてみる茶髪の氷川きよしそっくりの若者がいる。
こちらは、仕事仲間五人の飲み会だ。
うち一人の男子K君を、うち一人の女子Nちゃんに”紹介”するというミッションだったが、ここのめためた濃ゆい酎ハイで、開始早々そんなことはぐずぐずになっている。
酎ハイ3杯目あたりで、K君が元カノと別れた理由を語り出す。
「その子韓流ファンでね。ほとんどもう生き甲斐みたいになってたわけ」
「ああ、なるほど。それがいやだったと」
「ううん、違うの。土日しか逢えないじゃん? そこにも韓流イベントを入れちゃうわけ」
「ああ、なるほど。寂しかったと」
「ううん、違うの。ボクも一緒に行きたいって言ったら『それは嫌だ』と断られて」
K君は近年まれにみる誠実な男だ。人の話をよく聞き、自分の意見をちゃんと言い、皆にお酒がなくなったら気を配り、一つの煮込み豆腐を絶妙なバランス感覚で公平によそうことができる。
しかしその風貌は韓流スターからは、遠かった。







 











「で、3ヶ月で別れました」
つき合ったこと自体が間違い。出会ったことも間違い。
人生に無駄なことなど一つもない、というのは嘘である。
「次の恋愛行っとこ」「そうそ、ネクストゴーだよ」といい加減に皆がエールを送る。
ふとトイレに立ったタイミングで、茶髪の若者に「氷川きよしに似てますねえ」と喋りかけてみた。
「時々言われます」と照れる顔がプリティである。
「ひょっとして歌手とか目指してるんですか」
「や、違います。でもそっち関係のこと(多分芝居か何か)をやってます」
このあたりでコワモテ親父が、「トイレ空いたよっ」と馴れ馴れしい酔っ払い客(私だ)を追っ払うべく牽制する。
そして席に戻れば、さらに気配りK君によって追加された人気のつくねやらぷりっぷりのレバ刺しを食べる。





酎ハイ4杯目。

そろそろ止まってるはずのボンボン時計が動いているように見える時刻である。
ふと隣の男女二人客の女の方が話しかけてきた。
「あたし、ここ二十年通ってるの」
に、二十年!? 
大将がふぉっふぉと笑いながら彼女を見る。
「最初はまだ未成年だったかしらん。きゃ~、内緒だよお」
内緒もなにも。十代で大衆酒場デビューとは見上げた生き様だ。
「昔っから彼氏が出来るとみんな連れてくるんだよね。ね?」
と大将がふぉっふぉと笑いながらあいまいに相づちを打つ。
連れの男が微妙な笑顔を浮かべるので、こちらはじゃっかん居たたまれなくなり、再びトイレへ。
でもって、先刻の氷川きよしに懲りずに「で、で、舞台とかやってるわけ?」とさらに絡むのは私だ。
「トイレ空いたよお!」とコワモテ親父に再度ブロックされる。
へらへらと席に戻る私。
左側ではK君が、「韓流とかやっぱわっかんないんすよねえ」とぼやき、右側では二十年選手の姉さんが、「あのね、あなたも彼氏はここに連れてくるべき。
この酒場の雰囲気に馴染むかどうかで、オトコぶりがわかるんだから」とわかるようなわからないような持論を展開する。

酎ハイ5杯目。

大将の顔も煮込み豆腐の鉄鍋を運ぶ氷川きよしの顔も二重に見える。
へらへらがもはや止まらない私。
「あなたはそれでいいわ。女は笑ってなんぼ。可愛く生きなきゃ嘘でしょ」と右側の姉さんもすでに昇天間近の様子だ。
「そおれしゅかねえ。てか、お姉さん若いですよお」もはや半目状態でお互いを絶賛し合う。
こうして一向に噛み合ない宴を続けるカウンター席の客を、大将がふぉっふぉと見守る。
最後、「ズンドコズンズン♪」ときよしのズンドコ節を歌いながら、よろよろ退場する我々に、コワモテのおっさんが「まいどおっ」と塩をまく勢いで言うのであった。

「で、今日何の会だっけねえ」
「なんだっけねえ。二軒目で考えるかねえ」
歌舞伎町のネオンがクリスマスのイルミネーションに見える聖夜である。






 







<今夜のお勘定>
瓶ビール 500円(5本)
酎ハイ 250円(×10杯)
ワイン 300円(×6杯)
とり焼 100円(×5本)
もつ焼 100円(×5本)
馬刺し 700円
れば刺 400円
煮込みとうふ 450円

*酩酊のため追加数はあいまいです。ごめんなさい。
合計 五人で8900円(ぐらい)
*お支払いは清く正しく割り勘です。
*酩酊のため追加数はあいまいです。ごめんなさい。
合計 五人で8900円(ぐらい)
*お支払いは清く正しく割り勘です。

【店舗情報】
新宿「やきとり番番」
住所:東京都新宿区歌舞伎町1−16−12
17時~23時45分、無休

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。

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