新国立劇場『つく、きえる』稽古場より。中村蒼  撮影:源 賀津己 新国立劇場『つく、きえる』稽古場より。中村蒼 撮影:源 賀津己

新国立劇場が海外の演劇人と息を合わせ、新作上演に取り組むシリーズ企画『With―つながる演劇』。その第3弾となるドイツ編『つく、きえる』が6月4日(火)、同劇場小劇場にて開幕する。作者のローラント・シンメルプフェニヒは、2008年にも自作『昔の女』が新国立劇場で翻訳上演されている、ドイツ現代演劇を代表する劇作家だ。今回の企画に取り組んだ2011年、演出を担う宮田慶子・演劇芸術監督と話し合いを始めて間もない時期に東日本大震災が起こり、「この現状を書かなければ」と提起。被災地にも足を運ぶなど取材を重ね、3.11を題材とした本作を完成させた。ファンタジックで詩的な展開の中に笑いと戦慄が共存する、不思議な余韻を醸す注目の舞台だ。その稽古場を取材した。

新国立劇場演劇『つく、きえる』チケット情報

港のホテルで3組の不倫カップルが密会を重ねるが、それはZ夫人(田中美里)とA氏(松尾論)、A夫人(枝元萌)とY氏(津村知与支)、Y夫人(河合杏南)とZ氏(大石継太)という、夫婦がスライドして構成された喜劇的な組み合わせである。壁ひとつ隔てた部屋の向こうに自分の夫が、妻が別の相手と向き合っている。そんな生々しく滑稽な危うさをまとった愛の形とは反対に、ホテルで働く若者(中村蒼)と高台にいる娘(谷村美月)は携帯メールのみで清廉な愛を交わし合う。

稽古場には、台座に黒枠を組み立ててホテルの部屋を模したボックスが3体並べられていた。宮田の「前半、テンポよく進めていきましょう」の声で通し稽古がスタート。各ボックスの中で、3組のカップルのやりとりが時に笑いを誘いながらスムーズに進む。だがモノローグとダイアローグが入り混ざったシーン展開がしだいにアンバランスな空気を生み、不穏な予兆となって膨らんでいく。やがて電気が消え、再び点いた。その瞬間に世界は変わり、自分も、相手も変わっている。鎮魂のアリアが流れた後の第2幕はスピードを抑え、宮田の視点は劇世界の核心へと向かい、じっくりと深度の高い表現を追求していく。

“心臓が暴走し始め、すぐにも爆発しそうな”Y氏の存在など、さまざまなイメージやシチュエーションが現実を示唆し、緊張に胸を突かれることも。3組のカップルからは混乱や葛藤、現状への問いが滲み、若いふたりの文字だけの会話には微笑ましくも常に物悲しい、悲劇の予感が漂う。中村の真っ直ぐに響く声と、谷村の広がりを持った涼やかな瞳が強い印象を残した。

「心から望むのは、すべてが以前と同じようになること」。胸に迫るそんな台詞が、目には見えずとも確実に進行している問題を気づかせ、薄れてしまった危機感に火をつける。さざ波を起こす小石がいくつも仕込まれた寓話劇だ。

公演は6月4日(火)から23日(日)まで東京・新国立劇場 小劇場にて上演。チケットは発売中。

取材・文:上野紀子