マキシム・ヴェンゲーロフ 6/6:リハーサルより マキシム・ヴェンゲーロフ 6/6:リハーサルより

奇跡の復活。昨年肩の不調から復帰を果たし、ますます冴え渡る王者のヴァイオリンで日本の聴衆を魅了したマキシム・ヴェンゲーロフが、今年再び来日公演を行なう。待ちに待った「世界一」黄金の弦を、また聴くことのできる喜びに胸をときめかせている音楽ファンは多いはずだ。6/10からスタートする『ヴェンゲーロフ・フェスティバル2013』で、三回に渡るコンサートとリサイタルを予定している彼が、一足早く紀尾井ホールに登場した(6/6)。

「ヴェンゲーロフ・フェスティバル2013」の公演情報

リサイタルとマスタークラスのプログラム『ヴェンゲーロフと過ごす一日』で、前半のリサイタルではヴァイオリニストの田中晶子と共演。ヴィエニャフスキ『2つのヴァイオリンのための奇想曲 イ短調 Op.18-4』、ショスタコーヴィチ『2つのヴァイオリンとチェロのための5つの小品』から3曲、サラサーテ『2つのヴァイオリンとピアノのためのスペイン舞曲 Op.33』を演奏した。息の合ったコンビネーションで、ヴェンゲーロフの溌剌としたボウイングに耳も目も奪われてしまう。ステージでの立ち姿も堂々として華があり、今再び絶好調の季節にある彼の現在が確認できた。とにかくすごいオーラなのだ。

ヴィエニャフスキの奇想曲は無伴奏で、静謐で優美な「歌」が次々と溢れ出す名曲。ヴェンゲーロフと田中晶子のヴァイオリンが描き出す、張り詰めた美しさにしばし言葉を失った。ショスタコーヴィチの小品は、作曲家の作品の中でも明るく快活な映画音楽とバレエ音楽(「馬あぶ」「司祭と下男バルドの物語」「明るい小川」)をL・アトフミヤンが編曲したもので、このレパートリーはヴェンゲーロフも大変気に入っているのだろうか。とても楽しそうな表情でクロイツェル(彼が使用する1727年製のストラディバリウス)を操っていたのが印象的だった。

超絶技巧のシークエンスが次から次へとやってくるラストのサラサーテ「スペイン舞曲」は奇跡か魔法のようだ。フラメンコを思い出す情熱的な曲で、体格の良いヴェンゲーロフが全身でリズムを感じながら、サラサーテの極彩色の魔術世界を脳裏に思い描いているのが伝わってきた。ピアノ伴奏との呼吸感も素晴らしい。ヴァイオリン学習者であろう若いオーディエンスは、驚きの目でステージの巨匠を見つめていた。このあとに行われたマスタークラス(日本では初の試み)では、その秘密の片鱗が伝授された。「“弾く”のではなく“歌う”」、彼は目を輝かせながら若者たちに伝えた。

来週からの公演は、ベートーヴェン&ブラームスのプログラム、作曲の師でもあるピアニストのヴァグ・パピアンとのリサイタル、そしてまだ10代の新鋭、山根一仁をゲストに迎えての弾き振りと、ヴェンゲーロフの多面的な魅力を聴くことのできるプログラムになっている。無限に成長し続ける天才の果てしなき世界を耳に刻みつけたい。

文:小田島久恵