ミュージカル『天翔ける風に』 ミュージカル『天翔ける風に』

朝海ひかるが主演するミュージカル『天翔ける風に』が、6月10日に東京・シアタークリエで開幕した。ドストエフスキーの『罪と罰』をもとに、時代を幕末に置き換えた野田秀樹の『贋作・罪と罰』。これを謝珠栄がミュージカル化した作品である。

ミュージカル『天翔ける風に』チケット情報

倒幕運動の気運が高まり、混沌とした江戸末期。女だてらに江戸開成所の塾生として学ぶ才気煥発なヒロイン・三条英は、理想の実現のための殺人は許されるという思想のもと、金貸しの老婆を殺害する。だが居合わせた老婆の妹まで手にかけてしまったことが彼女の信念を揺るがし……。英を温かい眼差しで見守る親友の才谷梅太郎、それぞれの事情を抱えた英の家族、英を怪しみ執拗に追う担当刑事の都司之助、そして理想を口にするばかりの開成所の若者たち。新時代到来を予感させる時代のうねりと、ひとつの犯罪の行方がサスペンスフルに絡まる骨太のストーリーがまず、魅力的だ。

野田戯曲らしい言葉遊びや畳み掛けるようなセリフ回しという面白さは残しながら、変革の時代特有のエネルギーや若者たちの焦燥感をロックで表現し、さらにアクロバットの要素の強いダンスでスピーディに展開、ミュージカルならではの魅力も充分たたえ、見ごたえたっぷり。海外産が主流のミュージカル界だが、和製ミュージカルのレベルの高さをも改めて感じさせてくれる作品だ。2001年に初演、再演を重ね、今回が4度目の上演となるが、初めて英役に挑んでいる朝海ひかるの、青い炎のような凛とした佇まいが良い。感情をあらわにするシーンでは魂をぶつけるような熱演で、今まで見せたことのない苛烈な顔を見せながらも、芯には高潔な魂を感じさせる透明感もある。英を見守りつつ別の視点から時代を切り開こうと暗躍する才谷を優しくも飄々と演じる石井一孝、英に頭脳戦を仕掛け少しずつ迫っていく都を演じる浜畑賢吉の掴みどころのなさなど、英を取り巻く人々も個性的で、それぞれが説得力ある存在感を放っている。

それにしても、思想や理想を高らかに謳っても、時代という大きな流れの中には翻弄されざるを得ない人間のなんと小さい事か。理想は挫け、愛は届かず、家族は崩壊し、そして悲しき殺人者の犯罪は暴かれる。だが英は自分の罪を認めたのち、再生する。それはまた、人間の強さでもある。物語は悲劇であるが、終幕後、すがすがしさが残った。

共演はほかに彩乃かなみ、伊東弘美、岸祐二、吉野圭吾ら。公演は6月25日(火)まで同所にて。6月29日(土)・30日(日)には大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて上演。チケットはともに発売中。