7月24日サガン鳥栖とのプレマッチで来日するデル・ピエロの魅力に迫る

2013.7.8 17:13配信
デル・ピエロらしい得点後の“舌だし“シーン 写真提供:Uniphoto Press デル・ピエロらしい得点後の“舌だし“シーン 写真提供:Uniphoto Press

6月16日、日本×ブラジル戦で幕開けしたコンフェデレーションズカップ。20日、日本×イタリア戦が行われる前に自身のホームページでイタリア、日本両代表へエールを送ったデル・ピエロが7月24日(水)に行われるサガン鳥栖×シドニーFCのプレシーズンマッチのため、来日する。

その繊細で芸術的なプレーから、ユベントスの会長を務めた故ジャンニ・アニェッリは、ルネサンス期を代表するイタリアの画家ピントリッキオに喩えた。ゴールに向かって左45度からのシュートを得意としていたことから、そのゾーンには自身の名が付けられた。創造的なプレーよりも、規律や運動量を求められるようになって久しい現代サッカーにおいて、彼は希少なファンタジスタとして長きに渡りトップレベルで活躍してきた。アレッサンドロ・デル・ピエロ――彼の功績をいまさら振り返る必要はないだろう。しかし敢えて、文字数の許す限り、ここで回顧してみよう。

セリエBのパドバでキャリアをスタートさせたデル・ピエロは2シーズンを過ごすと、1993-94シーズンに名門ユベントスに移籍する。そして、故アニェッリ会長が画家に喩えたもう1人のファンタジスタ、ロベルト・バッジョと入れ替わるようにセリエAで台頭した。パスも出せて自ら得点もできる。今でこそサッカー界に1.5列目という言葉は浸透しているが、彼のプレースタイルはまさにその走りだった。とにかくシュートが抜群にうまく、後方からのロングボールをダイレクトで放つボレーや、ゴール前の混戦でDFを交わす冷静さと正確さに、イタリアのみならず世界中のファンが酔いしれた。当時、R・バッジョに心酔していた筆者としては、新たなファンタジスタが見せる、力強く優雅なプレーに嫉妬すら覚え、そして気がつけばその姿に引き込まれていったことを覚えている。

1995-96シーズンには、ミシェル・プラティニやR・バッジョが背負っていたユベントス伝統のナンバー10を受け継ぎ、デル・ピエロは文字通りユベントスのエースになった。その年にはUEFAチャンピオンズリーグで優勝。決勝こそPK戦による勝利だったが、大会6得点を挙げ、クラブの2度目となる欧州制覇に貢献した。ハイライトはセリエAで連覇を果たした1997-98シーズンであろう。自身最多となる21得点を叩き出し、テクニシャンとストライカーという両方の顔を持つことを証明した。シドニーFCに移籍する2012-13シーズンまで19年間に渡り、ユベントスでプレー。在籍中、クラブは6回のスクデット(セリエA優勝)を成し遂げた。 以下、続く

文:原田大輔

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