『コンプライアンス―服従の心理―』 (C)2012 Bad Cop Bad Cop Film Productions, LLC

これは“衝撃的な実話”を映画化したアメリカ映画だ。ところが舞台となるのは、衝撃という形容とはかけ離れた郊外のハンバーガーショップ。バイトの若者たちがルーティン業務をこなしつつ、口うるさい店長の目を盗んで冗談を言い合っている。どこでも見かける平凡な光景と平凡な人々。そんなありきたりな日常性に根ざした状況設定とそこで起こった事件の異常性とのギャップが、とてつもなく衝撃的な問題作なのだ。

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すべては1本の電話から始まる。「お宅の店員が客の金を盗んだ。捜査に協力してほしい」。それを受けた店長の中年女性は動揺しながらも指示に従い、19歳の女性店員の持ち物を調べ始める。すると警官と称する男の“協力要請”は「服を脱がせろ」「下着も調べろ」と異様な方向へエスカレート。店長補佐や店長の婚約者らを巻き込み、さらに取り返しのつかない事態へ突き進んでいく。

偽警官に対する店長の“協力”がいつしか“服従”に変わるプロセスを克明に描いたこの映画は、実に多様な要素をはらんだ作品だ。法令遵守(コンプライアンス)が義務づけられた企業の統治を問い直す社会派映画であり、権力への盲従や洗脳の恐怖をあぶり出した心理劇でもある。

そして何の罪もない女性店員の人権と尊厳が容赦なく踏みにじられた事件の映画化に挑んだクレイグ・ゾベル監督は、関係者の証言等を盛り込んだドキュメンタリーではなく、スリラーという劇映画の様式を選んだ。入念なリサーチを行ったうえで、ファストフード店の開店から事件の発生、その成り行きを濃密なフィクションとして再構成。リアリティ重視を大前提としながらも、演出の介在を気づかせないほど巧妙なサスペンスを織り交ぜ、悪夢のような1日の出来事を映し出す。もちろん出演者はプロの俳優たちだ。電話の相手が犯罪者とは夢にも思わず、数時間にわたって服従し続ける店長役アン・ダウドのあまりにも迫真の演技は、時に笑いさえ呼び起こす。しかし、その滑稽さは戦慄と背中合わせだ。

おそらく本作を観た多くの人は、事件の背景をより深く知りたくなるだろう。驚くべき結末とともに提示される新たな事実、そこにも得体の知れない“衝撃”が横たわっている。

『コンプライアンス―服従の心理―』
公開中

文:高橋諭治