九段会計事務所 経営支援チームの猪俣優佳氏と田中祐基氏

BCNでは、クラウド会計ソフトを導入した中小企業・個人事業主を対象に行ったアンケート調査やインタビューをもとに、これまで3回の記事で市場の特性とユーザーにとってのメリットを取り上げてきた。シリーズ最終回となる今回は、中小企業の経理業務にとって無くてはならない存在の会計事務所に、企業経営にとってのクラウド会計ソフト導入の意義を取材したのでその模様をお届けしよう。 今回話を聞いた九段会計事務所は、2016年末からこれまで約1年あまりの期間で、実に100社以上の顧問先にクラウド会計ソフトの導入を支援してきた。なぜ、会計事務所がそこまで力を入れて「会計のクラウド化」を推進するのか。クラウド会計ソフトは、ユーザーである企業にとって大きなメリットがあると同時に、会計事務所の将来をも左右する重要なツールになり得るのだという。

「記帳代行」は将来なくなる仕事

会計事務所の主要な業務のひとつが、顧問先の企業に代わってお金の出入りを正しく仕訳し、諸制度に則った帳簿を作成する「記帳代行」だ。かつては文字通り帳面や伝票をめくり、そろばんを使って数字と格闘する仕事だったが、中小企業でもPCや会計ソフトが導入できるようになったことで、会計事務所にアウトソーシングするのではなく、自社で記帳を行う「自計化」が加速すると考えられていた。

九段会計事務所 経営支援チームで生産性向上リーダーを務める田中祐基氏によると、「当事務所の高木(高木功治代表税理士)も、事務所を立ち上げた当時から『記帳代行の仕事は将来なくなる。そうなったとき我々は他にどんな価値が提供できるのか、考えなければいけない』と話していました」といい、ITの普及・浸透は、会計事務所の将来を左右する重要な動きとして、長らく危機感をもって注視されていたと説明する。

だが、中小企業でもPCが当たり前のように使われる時代になっても、実際には記帳代行の仕事がなくなることはなかった。従来の会計ソフトは、言わば紙の帳簿を電子化したものであり、結局は簿記・会計の知識がないと使いこなすのは難しい。自計化が会計事務所の仕事を奪う時代はまだまだ先だと考えられていた。

2016年、九段会計事務所ではこの認識が大きく転換することになった。同年夏、クラウド会計ソフト大手のfreeeから、顧問先企業のfreee導入を支援する「認定アドバイザー」を募集するダイレクトメールが届く。それを見た高木税理士は、クラウド会計ソフトの最新動向について情報を収集するよう、IT支援リーダーを務める猪俣優佳氏に命じた。freeeの説明を聞いた猪俣氏は、会計ソフトというツールの概念自体が変わるようなインパクトを感じたという。

「当時、私自身が事務所の経理を担当していたのですが、freeeを導入すれば、それまでたくさんつくっていたExcelシートが不要になり、入力作業は最初の1回だけで済むようになります。今までどんなに無駄な作業をしていたのかと、衝撃を受けました」(猪俣氏)

多くの中小企業では、請求書の作成、入出金の管理など、ひとつひとつの経理処理ごとに管理用のExcelシートをつくり、さらに会計ソフトも使用している。経理担当者は同じような内容を複数のシートに何度も記入しないといけない。freeeには、会計、債権債務管理、請求、支払い、経費精算など、経理業務に必要なツールが揃っており、それらが連携しているので、手作業による台帳間の転記は不要になる。経理業務が楽になるだけでなく、ミスが発生する可能性も大幅に減らせることがわかった。

クラウド会計の導入で、「経営を考える」時間が増える

九段会計事務所では、以前にも別のクラウド会計ソフトを調査したことがあったが、当時検討したサービスでは、前述のように経理業務全体を統合的に効率化することは不可能だった。しかし、猪俣氏からfreeeについての報告を受けた高木税理士は、かねて言われていた自計化の時代がいよいよ本格到来すると判断、事務所の全スタッフに、各自の顧問先へ導入を提案するよう指示した。

猪俣氏は当時を振り返りながら、「最初は、各自『一人1社導入』を目標として提案活動に入ったのですが、導入実績は早い段階から10社、20社と増えていきました」と話す。早期に多数のユーザーを獲得できた理由としては、クラウド会計ソフトを知らなかった経営者も、説明を聞けばそのメリットを理解しやすいことが挙げられる。銀行口座と連携すれば通帳記入に行かなくても入出金が自動的に反映されるし、売上高などの数字をいつでも確認できるようになる。それまで会計事務所に支払っていた記帳代行のコストも圧縮できる。

また、田中氏は「まず直接的にメリットを感じていただける部分は、経理業務の効率化やコスト削減の部分です。さらに、クラウド会計ソフトの満足度を高めているのが、経営の『見える化』がリアルタイムでできることや、経営者や経理担当者が『考える』時間が増えるといった部分です」と説明する。

中小企業では、売上高や経費について、月次でしか管理できないケースが多い。記帳を会計事務所へ完全に委託している場合、一カ月分の数字は次月に税理士が訪問するまで、経営者自らも正確に把握できていないことすらある。クラウド会計ソフトの導入で、記帳の効率化・自動化が進めば、「数字が締まる」のを待つことなく、自社のパフォーマンスをリアルタイムで知ることができるようになる。

「これまで、顧問先に訪問した際にお話しする内容は主に『過去の数字の確認』でした。しかし、経営体力の限られる中小企業では、前月の数字を見てから『資金繰りが危ないです』とお話しするのでは手遅れになりかねない。それが、クラウド会計を導入した企業では、最新の数字をベースに『次にどんな手を打つか』を考えられる。意識が完全に変わるのです」(田中氏)

しかも、例えばある部門の経費が大きいことがわかった場合、従来であれば会計ソフトやExcelシートなど複数に分かれた台帳を繰って明細を見つける必要があったが、freeeでは支出の数字をクリックしていくだけで、支払いの内容までたどり着くことができる。「『この経費は何だったっけ』『あ、広告宣伝費ですね。来月は少し抑えた方がいいですね』といったお話がその場できるので、より具体的な経営アドバイスが可能になりました」(田中氏)

中小企業では、トップがプレイングマネージャーとして自らも飛び回るケースが少なくないが、精力的に外へ出ている経営者ほど、会社がいまどういう状態にあるのかは気になるものだ。クラウド会計ソフトでは、社に戻らなくてもモバイル端末から経理情報にアクセスできるので、外出中のすき間時間にも自社のパフォーマンスをチェックできる。

「特に使いこなしている社長さんの中には、取引先への訪問前にスマホでクラウド会計ソフトをチェックして、その場で商談で話す内容を決めているという方もいらっしゃいます」(猪俣氏)。「あまり考えたくはないことですが、数字が複数のシートに分散し、特定の経理担当者でないとわからないことが増えると、内部不正の可能性も増します。経理にブラックボックスをつくらないという意味でも、クラウド会計ソフトの導入は有効だと考えています」(田中氏)

会計事務所は「経営アドバイザー」に変わる

もちろん、九段会計事務所でもすべての顧問先にクラウド会計ソフトを導入しているわけではない。猪俣氏は「『ネットバンキングは怖い』『業務にクレジットカードは使いたくない』というイメージをもたれている経営者の方もいらっしゃいます」と述べ、なるべくIT機器は触りたくない、従来の業務フローを変えたくないという経営者に、クラウド会計を無理強いすることはできないと話す。

その一方、「例えば、飲食店であればPOSレジアプリの『Airレジ』を導入するなど、他のクラウドサービスと連携することで、業務はもっともっと楽になります。情報感度の高い経営者の方々は、クラウド会計ソフトの利用は既に前提で、どうやってさらに使いこなすかという段階に入っています」(猪俣氏)という。中小企業のバックエンド業務がトータルで効率化されるという、クラウド会計ソフトの利点が広く認知されていけば、従来の会計ソフトからの単純な置き換えには興味を示さなかった企業も、クラウド化の検討を始める可能性がある。

ここまで話を聞くと、やはりクラウド会計ソフトの普及は、会計事務所の仕事を奪うことになるのではないか、という疑問が沸いてくる。猪俣氏は、「クラウドはこの先会計業界のインフラになり、それを扱えることは会計人として当然求められるスキルになると考えています」と述べ、この流れに逆らうことはできないという見方を示す。記帳という作業を代行することで顧問料を得る時代は終わり、ITでは容易に代替できない専門性や経営支援サービスが、会計事務所が今後提供していくべき価値だという。

田中氏は「企業の成長ステップの中では、弁護士や社会保険労務士と比べても早い段階で接するのが私たち会計事務所だと思います。会計のプロの視点をもちながら、中小企業の社長さんたちの気持ちに寄り添って、経営をサポートできるようになっていきたいと考えています」と話し、今後は事務所のスタッフ一人ひとりが「経営アドバイザー」になっていくことで、新しい会計事務所の姿をつくっていきたいと強調した。

「クラウド会計ソフト」というと、従来PC上で動作していた会計ソフトをウェブブラウザ経由で利用できるようにしたもの、というイメージが現在でもついて回っているが、今回の調査や取材を通じて、中小企業や個人事業主の経営を大きく変える可能性があるツールであることがわかった。

また、ユーザーはクラウド会計ソフトに「簡単に導入できること」そして「誰でも容易に使えること」を強く求めており、多くのユーザーを獲得している大手3サービスは、これらの点に対して高い評価を得ていた。さらにシェアNo.1となったfreeeに対しては、事業の成長や発展に向けて、将来的な期待を寄せる声がユーザーから多く寄せられていることが明らかになった。サポート体制や、商品開発に注力している姿勢なども支持されたことで、大手3社の中でも頭ひとつ抜き出る結果になったとみられる。

定型業務のかたまりで、イノベーションが起こりにくいと思われていた経理の世界でこれだけ大きな革新が起こりつつある。中小企業・個人事業主の生産性は、ITの力で飛躍的に向上できる余地があるに違いない。

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