スパイ映画ファンにとって、ベルリンは特別な響きのある街だ。東西両陣営のスパイが密命を帯 びて往来し、虚々実々の諜報戦を行ってきたこの古都は、『寒い国から帰ったスパイ』など数多く のスパイ映画の舞台になってきた。むろん、それはドイツ統一以前の話であり、今どきベルリンで スパイ映画が撮られるとすれば、それは必然的に“時代劇”にならざるをえない。
『ベルリンファイル』は、こうした筆者の固定概念を根こそぎ覆した驚くべきスパイ映画だ。東西冷戦終結から20年経った今も分断され、いがみ合うふたつの国家、すなわち北朝鮮と韓国が朝鮮半島を飛び出し、現代のベルリンで熾烈な攻防を繰り広げる。韓国映画界の大胆な企画力、それを本当に実行してしまう剛腕ぶりに舌を巻くほかはない。
ベルリン市内のホテルで、北の工作員がアラブの過激派相手にミサイルの商談を進め、それを察知した韓国情報院が監視の目を光らせる。そんな冒頭から異様な緊迫感が匂い立つ本作は、裏切りによって孤立した北の工作員の逃亡劇へと発展。ベルリンのロケーションを生かした映像の重厚さ、惜しみなく連打される銃撃やカーチェイスの迫力、共に申し分のないクオリティだ。さらにキム・ジョンウンが父親から権力を引き継いだ朝鮮半島情勢をタイムリーに物語に取り込み、内なる敵にも脅かされる北の工作員の苦悩を描出。もともと韓国映画界は『シュリ』に代表されるエモーショナルなスパイ映画を得意とするが、本作は甘ったるいシンパシーとはかけ離れた“非情”の情に貫かれている。
ちなみに冷徹な罠にはまり、破滅的な運命をたどる主人公は、皮肉にも“ゴースト”という異名を持つ。今なお無数のスパイの亡霊がさまようベルリンの街にふさわしい、本格派スパイ・スリラーである。
『ベルリンファイル』
公開中『ぴあ Movie Special 2013 Summer』(発売中)より文:高橋諭治