奥谷洋一郎監督

現在も活動を続ける唯一の見世物小屋一座との10年に渡る交流を収めたドキュメンタリー映画『ニッポンの、みせものやさん』。昨年末に公開され話題を呼んだ同作でデビューを果たした奥谷洋一郎監督は、今後の飛躍に期待したい日本のドキュメンタリストのひとりだ。前作から間を空けずに届いた新作『ソレイユのこどもたち』についてドキュメンタリー界のホープに話を聞いた。

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前作で消えゆく旅芸人にスポットを当てた彼だが、新作で眼差しを向けたのは名もなき市井の老人とその飼い犬。この巡り会いを奥谷監督はこう語る。「僕の師である今は亡きドキュメンタリー作家、佐藤真さんの遺したドキュメンタリー企画『トウキョウ』の一編として発想し制作した作品です。東京で暮らしてきた僕ですが、この企画を前にしたとき、こんなことが頭に浮かびました。子供の頃はしばしば見たけど、最近まったく野良犬を見ないなと。そんな折、飛び込んできたのが羽田空港の滑走路に野良犬が迷い込んだと言うニュース。興味を覚えて現場近くの多摩川の河口付近をくまなく歩き、巡り会ったのが川に係留する廃船に犬たちと住み、船の修理をして暮らすひとりのおじさんでした」。

作品で目を引くのは被写体である老人との距離。その独特の間合いで記録された東京の片隅で生きる老人と犬たちの日常は、ありふれた時間と風景の中に“東京”であり“大都市”の持つ喜怒哀楽の様々な表情が不思議と浮かび上がり、老人の言葉からは社会の現実と人の心の在り様が滲み出る。受け手の心に様々な感情が去来するような豊かな世界が広がる作品は、2011年の山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門で特別賞を受賞したのも頷ける。監督は「おじさんと僕の関係は被写体と取材者ではなく、気心知れた話し相手。常にひとりで出向いて、カメラをまったく回さない日もありました。だからこそ捉えられた瞬間があった気がします」と明かす。

最後に自らが目指す作品作りについて聞くと「前作は懇切丁寧にナレーションを入れたドキュメンタリーの定番ともいうべき作り。それに対して今回はナレーションが一切なく、ほかにもいくつか自分なりのチャレンジを試みている。まだ、自分の映画作りはスタートしたばかり。いい意味で“ドキュメンタリーはこうあるべき”といった枠にとらわれないで作品を撮っていきたい」と意気込む。ドキュメンタリストとして一歩を踏み出した彼の才能に触れてほしい。

『ソレイユのこどもたち』
公開中

取材・文・写真:水上賢治