エレクトロラックス日本法人の長岡慶一社長に再参入するロボット掃除機の戦略を聞いた

2001年に世界初のロボット掃除機を発売したエレクトロラックスが、再びロボット掃除機の土俵に戻ってきた。1月17日に発表した「PUREi9」は実に17年の歳月を経て登場した第2世代モデル。第1世代とは形状・性能・コンセプトなどあらゆる点で変貌を遂げており、まったく別物と捉えるのが正確だろう。“先行”から“後発”に、“追われる立場”から“追う立場”になったエレクトロラックスに勝算はあるのか。

「当時は一般論でコンピューティングの技術が未成熟で、ユーザーが満足するレベルには達していなかった」。同社日本法人の長岡慶一社長は、17年前の早すぎたアプローチの失敗を振り返る。しかし、そこで立ち止まっていたわけではない。「先陣を切った分野でもあるので、ロボット掃除機に対する愛着や情熱をもち続けていたし、開発も継続していた」という。

実は16年4月のBCNの取材で長岡社長は「近日中にロボット掃除機に再参入する」と語っていた。それから今回のリリースまで約2年。ずいぶんと長い月日を要したわけだが、長岡社長によると取材時には「実際に発売できるという段階まで進んでいた」そうだ。

2年の開発延長でブレイクスルー 人間が見るように物を認識

これに待ったをかけたのは、「もっと良いものが出せるのでは」という社内の声だった。同時期に競合となるであろう他社のロボット掃除機が驚異的なスピードで進化を遂げていたこともある。15年ごろからネイト・ロボティクスの「ネイト Botvac」やアイロボットの「ルンバ」が、自動運転車にも採用されているSLAM(Simultaneous Localization And Mapping)を用いたマッピングシステムを搭載。これまで無駄の多かったロボット掃除機の動作が一気に洗練された。

SLAM技術はカテゴリー自体のレベルを1ランク引き上げたが、長岡社長は「PUREi9」はさらにもう1ランク上のグレードに達していると話す。「動きが非常にスムーズで、人間が見るように物を認識する。既存のロボット掃除であれば、ある程度は床に物がない状態をつくらなければいけないが、『PUREi9』はそれがほとんど必要ない。障害物や落下の恐れがある段差もスイスイ避けて掃除できる」。

さぞや優秀なセンサーを多彩に備えているのだろうと思いきや、「PUREi9」のセンサー部は「2方向レーザー」と「カメラ」のみというシンプルな設計。2方向のレーザー光線をセンターのカメラで受信して空間全体を把握する「3D Visionテクノロジー」が唯一の検知システムだ。

従来のロボット掃除機だと、目の前に障害物が現れてはじめて認識して回避となるのだが、「3D Visionテクノロジー」では、起動時に360°回転して床上の障害物や階段までの距離を事前に計算する。あらかじめ情報がインプットされているので、最短経路で効率よく動作することが可能になる。長岡社長の言葉を借りるなら、“人間のように”空間全体と自分を認識しているのだ。

画期的なのは「3D Visionテクノロジー」だけではない。ロボット掃除機の進化は「テクノロジーの足し算」ともいえるが、「PUREi9」は引き算によってもいくつかの課題を解決している。それを象徴するのが、市販のほとんどのロボット掃除機が搭載している底面センサーだ。

サイドブラシ付近に落下防止のために備わっている底面センサーだが、その存在は吸引口のサイズや配置、ブラシの毛の量などを制約していた。「PUREi9」は「3D Visionテクノロジー」でより安全に落下を回避するので底面センサーは不要。したがって、前面から3cmの近い位置に約20.5cmの特大ロールブラシを搭載したり、ブラシの毛足の本数が多かったり、今までロボット掃除機であまり変化がなかった部分の改善にも着手できている。

高単価でも掃除機なら売れる 成功のカギは店頭にあり

店頭販売でネックになってくるのは税別13万円という価格だ。これはロボット掃除機の中でも最高クラス。5万円を切るモデルでも比較的性能の高いものが登場している昨今の状況を考えると、普及を目指すにはいささか強気すぎる気もするが……。

長岡社長はこの点を認めつつも「性能の高さを実感してもらい、価格に見合う価値を認識してもらえれば満足度は高いはずだ」と語る。ロボットでもスティックでもいえることだが、掃除機は白物家電の中でも高単価モデルが売れる市場だ。安価なモデルで一時的にシェアを伸ばすより、フラグシップモデルでじっくりとブランディングしていく方が長期的な支持につながると考える。

「ケーブルを巻き込む」「家具に傷をつけてしまう」という現状のロボット掃除機の課題を解決していることがセールスポイントの「PUREi9」は、すでにロボット掃除機を使用しているユーザーに響く製品になりそうだが、新規ユーザーの取り込みも「提案次第」だという。

「事前調査で明らかになったのが、ロボット掃除機を使用したことのない人は『すでにロボット掃除機はほぼ完璧』と考えているということ。ケーブル問題や家具破損の問題はすでに解決されたと思い込んでいる。購入時にしっかり現状を把握していただければ、長く使う製品なので高単価でも選んでもらえると思う」。このメッセージは店頭の販売員を通してしか伝わらない。「当面はリアル店舗重視」という戦略の所以でもある。

したがって店頭用の什器にも注力する。一例として紹介してもらったのは、90cm×90cmの狭いエリアを囲う什器。中に障害物を設置して、いかに小回りがよく、障害物のギリギリまで掃除できるかをアピールする。「本当は柵も外したかった。『PUREi9』は構造上、段差に少しせり出してしまうということもない」と長岡社長。安全面の配慮で今回は叶わなかったというが、いずれは安全性の認知を広めることで実現したいと意気込む。

もはや目新しさだけでは売れないロボット掃除機。消費者の目も肥えてきている。「PUREi9」の「ステップチェンジ」は本物だ。根本的な設計から細部の工夫まで新しさに満ちていて、久し振りにマイナーチェンジではないロボット掃除機が登場したという印象を受けた。しかし、今の売り場のままでは、ライバルと差別化した魅力を伝えきるのは難しい。エレクトロラックスでは今後も独自の什器やマーケティングを展開する予定だが、販売店との連携が復活の狼煙をあげるためのキーポイントになりそうだ。(BCN・大蔵 大輔)