稲垣吾郎

 『あの頃。』(21)、『かそけきサンカヨウ』(21)など、話題作を次々と送り出す注目の映画監督・今泉力哉の『窓辺にて』が11月4日(金)から公開される。妻の浮気に気付きながらも、何も感じない自分にショックを受けているフリーライターの市川茂巳が、さまざまな人々と関わる中で、自分なりの答えを見出していく大人のラブストーリーだ。人間の心の機微を絶妙なユーモアに包んですくい取る、名手・今泉監督との初タッグとなった主演の稲垣吾郎が、撮影の舞台裏や役に込めた思いを語ってくれた。

-稲垣さんが主人公の市川茂巳にぴったりで、繊細な演技や物語に引き込まれました。オファーを受けた後、台本を読んで今泉監督に「自分が知っている感情だ」という話をしたそうですが、具体的にはどういうことでしょうか。

 男女の不倫や夫婦の浮気といった問題がこの物語のベースの一つにありますが、茂巳が妻の浮気を知ってもショックを受けない点は分からなくもないなと。喜怒哀楽がないわけではないんだけど、ショックなときほど表面に出にくかったりする。そういうところは、自分にもあるかなと思って。しかも、それを人に見られることが照れくさくて、つい格好をつけてしまったりもする。「冷めている」と言われるかもしれないけど、僕はその感情にすごく共感できたし、きっと今泉さんにもそういうところがあるんじゃないかなと。

-なるほど。

 世の中には「喜怒哀楽はこのぐらい表現しなきゃいけない」という基準みたいなものがあるような気がするんです。この映画でも、志田未来さん(演じる有坂ゆきの)が茂巳に「浮気されたら、普通怒るでしょ。怒らないって、あなた、相手のことを愛してない証拠なんじゃないの」と怒る。でも、僕にしてみたら「それはあなたの基準でしょ」と思うわけです。とはいえ、そこに同調しないと「軽薄な人間」と言われてしまったりもする。

-確かに、そういう傾向はあるかもしれませんね。

 だから、難しいんですよね。みんなが喜んでいることを一緒に喜ばなきゃいけない、ブームは一緒に盛り上がらなきゃいけいない…。そういうことに、僕は結構冷めてしまいがちなので。あまり人に期待し過ぎたり、依存したりするタイプでもありませんし。ひねくれているのかもしれませんけど(笑)。そういうメッセージも込めて、ちょっとコミカルに、軽やかに描いているのがこの映画じゃないのかなと。そういう意味でも、この役に共感するところは多かったです。

-今泉監督は稲垣さんの主演を前提に脚本を当て書きしたようですね。

 もともとこの物語は、今泉さんが30代の頃、奥さんと生活する中で、何かがあったわけではないけど、ふと「奥さんが浮気したら、俺、怒れるかな?」と思ったことがヒントになって生まれたものです。そういう個人的な思いや感情を、僕だったら表現できるとシンパシーを感じてくれたんじゃないでしょうか。そんな2人なので、撮影中は必要以上の会話をせずとも、お互いに「分かってるな」という感じで、すごくいい時間を過ごすことができました。

-では、実際に演じてみた感想は?

 今泉さんは「あまり芝居芝居しないでくれ」とよく言いますが、「演技といったらこうするよね」という“ありがちな演技の型”を嫌う方です。ドキュメンタリーのようにナチュラルに見せたいというか、「用意、スタート!」で始まったように見えず、映っていないその前後が感じられるような芝居が好み。ホンもそんなふうに書かれていますし。たとえば今回、喫茶店で玉城(ティナ/作家・久保留亜役)さんと僕がやり取りをする場面なども、その前の時間が感じられるようになっているはずです。今泉さんが書いたせりふを、より良いものにするためには、そういうアプローチが必要なんだと思います。そのために僕が俳優としてどんな表現をすればいいのか。そこをチューニングしていく作業は楽しかったです。

-今、話に出た玉城ティナさんをはじめ、中村ゆり(茂巳の妻・紗衣役)さんや志田未来さんといった共演者との芝居はいかがでしたか。

 僕は、今回、いろんな方に会っていく受け身の役なので、楽しかったです。特に印象的だったのが、終盤の中村ゆりさんと夫婦2人だけのシーン。リハーサルの後で、当初予定になかったワンカットで長回しの撮影をすることになったんですけど、自分の気持ちを吐露するいいせりふが書かれていたし、撮影も順撮りに近い形だったので、最後に緊張感を持ってやることができました。おかげで、ドキュメンタリーのようにフレッシュなお芝居になったんじゃないかと思います。8分から9分ぐらいを見込んでいたんですけど、実際にお芝居をしてみたら12分。それだけの長回し撮影はなかなか経験できないので、すごく印象に残りました。

-おっしゃるように、とても緊張感にあふれたシーンで、目が離せませんでした。

 僕も完成した映画を見たとき、自分の芝居を気にするのではなく、作品に引き込まれていく緊張感があり、ちゃんと映画としてそのシーンを見ることができました。そんな体験は今まであまりなかったので、「この映画、すごいな」と素直に思いました。ちょっと自画自賛になっちゃいますけど(笑)。

-最後に、『窓辺にて』という印象的なタイトルをどう受け止めたか教えてください。解釈の仕方によって人それぞれの個性が出そうですが、今泉監督は「われわれがどんな選択をしても、窓辺の光はいつも同じくそこにあって、照らしたり温めてくれたりする。静かに肯定してくれる」と解釈しているようです。

 すごくロマンティックな解釈ですね。監督の中では、僕が窓辺でたたずむ一枚の絵がビジュアルとして思い浮かんだということもあるようです。ヨーロッパ映画のような色合いで、窓からの自然光が印象的なシーンも多いですし、絵作りの上でそういうことは意識していらっしゃるんでしょうね。改めて考えてみると、窓って、それが一枚あることで、相手から見られていながらも、自分のパーソナルスペースを維持できる安心感も生まれる。今まであまり意識していなかったですけど、面白いですよね。

-「窓からのぞいているぐらいがちょうどいい」という、人と人との適切な距離感を象徴しているようにも思えます。

 それも映画のテーマに通じていますよね。「人に干渉し過ぎない」、あるいはさっき僕が言った「人に期待し過ぎない」ということにも通じますし。この年齢になると、孤独であることの喜びを感じたいと思うこともありますから。

-いろいろ考えてみると、作品がより深く味わえそうです。

 面白いタイトルですよね。皆さんがいろいろ読み解いてくれると、映画がより豊かになりますし、そうやって楽しんでいただけると僕もうれしいです。

(取材・文・写真/井上健一)