尾上菊之助 (写真:山口真由子/ヘアメーク:高草木剛(VANITÉS)/スタイリスト:カワサキタカフミ)

 「風の谷のナウシカ」「NINAGAWA 十二夜」ほか、自身の企画、構想などから新しい歌舞伎の舞台を作り出してきた尾上菊之助。その菊之助が、さらなる高みに挑戦すべく、不朽の名作ゲーム『ファイナルファンタジーX』を歌舞伎化し、2023年3月4日から上演する。ゲームの世界観はそのままに、旅の始まりから終わりまでを壮大なストーリーで描くため、上演時間は前編・後編通しでおよそ8時間。涙なしには見られない感動の物語が展開する。菊之助に本作への思いや見どころを聞いた。

-『ファイナルファンタジーX』を歌舞伎化するに至った経緯を教えてください。

 2020年に新型コロナで緊急事態宣言が出たことで、歌舞伎公演は約5カ月間中止になりました。先行きが見えない中、ステイホームをしていたわけですが、そのとき、その生活を明るくしてくれたのがゲームでした。実は私は、子どもの頃からゲームが好きで、よくプレーをしていたんです。ですが、菊之助を襲名した頃から忙しくてなかなかできなくて…。コロナ禍になったことで、久しぶりにやってみようかなと思い立ち、それならば以前にプレーをして面白かったものをと考えて『ファイナルファンタジーX』をプレーしました。そうして改めてプレーをしたら、このゲームが持つメッセージ性は、このコロナ禍できっと強い共感を呼ぶ、これを新作歌舞伎でできるならばきっと素晴らしい作品になると考えるようになりました。それから、仲間たちと話し合い、(ゲームを販売する)スクウェア・エニックスさんに許諾を頂き、長編歌舞伎として上演する運びとなりました。少しでも歌舞伎とゲームの新しい懸け橋を作り、お互いの文化を発展させつつ、日本を元気にできたらという思いを込めた作品です。

-菊之助さんがゲームを通して感じた『ファイナルファンタジーX』の魅力とは?

 それまでのゲームは、主人公目線でプレーをしていたこともあり、主人公に自分を投影することがほとんどでした。ですが、「ファイナルファンタジーX」はゲーム内に登場するそれぞれのキャラクターに感情移入してプレーをした初めてのゲームだったように思います。出てくるキャラクターたちが素晴らしいんですよ。それから、(物語の主人公の)ティーダと彼が出会う少女ユウナの運命が逆転していくというストーリーにも引かれました。歌舞伎ではそうした逆転劇のシナリオはないんです。そうした意味でも歌舞伎化するのに素晴らしいテーマだと思いました。

-『FFX』は水の表現が多いゲームだという印象がありますが、演出面ではどんなことを考えていますか。

 確かに水の表現は多いと思います。今、制作チームと話し合っているところですが、「マカラーニャの森」ですとか、「ブリッツボール」をどう演出するか構想を練っています。今回は、なるべく本物の水を使わずに水を表現する方法がないのかを考えています。歌舞伎というと、本水での立ち回り(本物の水を使った表現)や宙乗り(ワイヤロープを使って役者をつり上げる表現)といったスペクタクルが注目されますが、構造的に不可能なものもあるので、また違った表現でお見せできればと思います。

-今回は、これまで歌舞伎に慣れ親しんでない人たちも来場すると思いますが、そうした観客に向けての工夫などは考えていますか。

 歌舞伎の古典作品は古い言葉を使っているので、分かりづらいという先入観をもっていらっしゃる方も多いと思います。今回は、そういったことも踏まえて、なるべく聞きとりやすい言葉で、見やすくする工夫を考えています。歌舞伎を知らない方でも、ストーリーに入り込んでいただければ、きっと心動かされると思いますので、そうした『ファイナルファンタジーX』の持つ魅力と、歌舞伎の様式美や身体表現を合わせることによって、お互いの文化を尊重しつつ、見やすい作品、入門編となるようなものを作り上げていこうと思っています。また、今回は物語の最初から最後までを上演するので、前編・後編を続けてご覧いただくと、とても長い時間お付き合いいただくことになります。

-前後編を観劇するとなると、1日がかりですね。

 そうですね。ですので、お客さまに快適に過ごしていただくために,いろいろな施策を制作チームと話しています。また、IHIステージアラウンド東京は、8メートルの巨大スクリーンがあって、そこにゲームの映像を映させていただこうと思っておりますので、まるで「ファイナルファンタジー」の世界にいるような体験をしていただけるのではないかと思います。物語を楽しんで、映像美を楽しんで、そして休憩時間も楽しんでいただきたいと思っております。

-本作もそうですが、「風の谷のナウシカ」など菊之助さんは新作歌舞伎にも力を入れていますが、新作を作ることの苦労、そして楽しさは?

 歌舞伎化するに当たって、元の世界が壊れてしまうのが、私が一番避けたいと思っていることです。歌舞伎だからと、自分のルールに寄せてしまうことがないよう、お互いのよさを大事にし、原作の持ち味が壊れないように気をつけながら作っています。歌舞伎の作品を生み出すことに、とても大きなやりがいを感じていますし、携われることに感謝しています。新作歌舞伎が古典となり、再演を繰り返すことを目指しているので、作ったときよりも再演がかなうときが一番の喜びでもあります。

-改めて、本作の見どころを。

 ゲームの名作『ファイナルファンタジーX』を実際に人が演じることで、新たな側面が見えてきたり、物語の背景にある社会問題やテーマが、より身近に感じられると思います。物語は、「シン」という強大な脅威におびえながら暮らしてきた人々の下に、主人公であるティーダがやって来ることで、その世界を、人々の心を変えていくストーリーです。そこでは何ごとも諦めない心や人の成長が描かれています。今回の歌舞伎化に当たり、各キャラクターの物語を余すことなく描いているので、皆の成長を見守っていただきたいですし、ティーダとユウナの関係性にも注目していただきたいです。このほかにもシーモアの親子関係など、見どころも盛りだくさんで、壮大な作品になっています。きっとお心に残るストーリーになっていると思いますので、ぜひご期待いただければと思います。

(取材・文/嶋田真己)

 「新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX」は、2023年3月4日~4月12日に、都内・IHIステージアラウンド東京で上演。
公式サイト https://ff10-kabuki.com