「薩摩ことば指導」の迫田孝也(左)と田上晃吉

 序盤から見逃せない展開が続く大河ドラマ「西郷どん」。毎回、俳優陣の熱気あふれる演技にくぎ付けになっている視聴者も多いことだろう。さらに、このドラマで話題になっているのが、出演者たちが話す鹿児島独特の方言だ。その指導を行っているのは、「薩摩ことば指導」を担当する俳優の迫田孝也と田上晃吉。知られざるその仕事内容や撮影の舞台裏を聞いた。

-「薩摩ことば指導」というのは、具体的にどんな仕事をするのでしょうか。

迫田 まず、台本が出来上がると、必要なせりふを薩摩ことばに直します。それに修正を入れて全体のレベルを合わせたものが完本になります。その完本ができた段階で、田上さんと2人で全てのせりふを吹き込んだテープを、早いバージョンと遅いバージョンの2種類作って、演者の皆さんに送って覚えてもらいます。

-撮影現場だけの仕事ではないのですね。

迫田 ここからが現場での作業です。皆さんがせりふを話されるとき、僕たちが台本を読んだときに考えていたものと違う感情になると、イントネーションが変わってくる場合があります。また、現場で言葉を足したり、はしょったりすることで、イントネーションが変わることもあります。そういう細かいところを直したり、監督の要望やアドリブに対応したりです。他にも、エキストラの方の声がもっとほしいという場合には、新しく言葉を作って当てていく作業もあります。現場では即興感が大事です。

田上 シチュエーションや役柄に合わせて、その場で生まれていく言葉が多いです。役者さんによっては、「この場でこう言いたい」という要望が出てきます。それに対して適切な言葉を選ぶのは、なかなか難しい作業です。

-「薩摩ことば指導」と聞くと、現場で言い方だけを指導しているようなイメージですが、もっと幅広いのですね。

迫田 9割ぐらいは、ご本人たちがどう言いたいのかという要望に合わせてイントネーションを付けていく作業になります。

-お二人の役割分担はどのように?

迫田 序盤の作業は僕がリードしながらチームワークでやっています。せりふを吹き込んで音声データを送るあたりからは田上さんにも協力していただいて。キャストの方に関しては、田上さんは人当たりが良くて年配の方にかわいがられるので、大先輩の方々は全てお任せしています(笑)。

田上 大村崑さん、水野久美さん、風間杜夫さんといった先輩方を担当させてもらっていますが、やっていく中で、お一人ずつ接し方を変えないといけないことに気付かされました。皆さん、方言を大事にしてくださっているのは同じですが、その中でもお芝居に重点を置きたい方と、より方言に力を入れたい方がいらっしゃいます。そんなときにアプローチの仕方が同じだと、うまくいきません。言うタイミングも、微妙に計りながらです。

-指導する上で気を付けていることは?

迫田 同じ鹿児島でも、場所によって鹿児島弁が違うので、僕と田上さんの間でそろえることに一番力を入れています。そうしないと、聞いている方はどちらが正しいのか混乱してしまいます。最初の作業としては、そこが一番大切です。

-今回、「薩摩ことば指導」を担当するに当たって、何か準備したことはありますか。

迫田 昔の言葉なので、実は鹿児島でも知っている人があまりいないんです。だから、郷土研究をしている方からお話を聞いたりして、意味と言葉を書いたメモを自分で作りました。辞書みたいなものです。最初のうちはその中から、「この場合はこれを使おう」という感じでやっていました。

-地道な努力の積み重ねですね。

迫田 ただ、やっているうちに「どうやったら生きた言葉になるだろう?」と考えるようになってきました。イントネーションの付け方は、同じ鹿児島の中でも何種類もあるので、あまり厳密にこだわっても仕方ないなと。だから今では「正解か不正解か」で判断するのではなく、「アリかナシか」と考えたときに、芝居に言葉が乗っていて、少しでもアリだと思ったらOKという判断の仕方をしています。

田上 最初は「古き良き言葉を大切に、全国に伝わる方言を」という目標を掲げて鹿児島弁の辞書を買ったのですが、コテコテ過ぎて使えませんでした(笑)。

迫田 僕も2種類買ったけど、新品のまま残ってる(笑)。

-視聴者の反応については、どのように受け止めていますか。

迫田 賛否両論ありますが、ある程度は予想していました。個人としては、「もう少しこういう言い方にした方がよかった」、「言葉の使い方が足りなかったな」という反省があります。ただ、回数を重ねていってより分かりやすいものになっていると思います。

田上 周囲の鹿児島県人からは「鹿児島弁を使った今までの作品と比べてマイルド」という意見をたくさん頂きました。監督やプロデューサーも第1回、第2回で「これで行ける」と手ごたえを感じてくれたようですが、僕自身は「少し前のめり過ぎたな」、「もっと客観的な視点が必要だったな」というのが反省点です。まだ工夫の余地はありますが、物語の熱量みたいなものはきちんと残せたのではないでしょうか。

迫田 最初のインパクトが大事ですからね。話題になったという意味では大成功です。

-出演者の方の鹿児島弁はいかがでしょう。

迫田 皆さん素晴らしいです。もし他の作品で僕たちが長州弁や東北弁を使うことになったら、果たしてこれほどちゃんとできるだろうかと。それぐらいきちんと練習してこられるので、そういった面では皆さんを信頼しています。

-鹿児島弁がマイルドになっているとのことですが、どの程度でしょうか。

田上 言葉によって違いますが、耳で聞いて聞き取れない鹿児島弁は、今はほとんど使っていません。例えば「すっこっができん」と聞いても、何のことか分かりませんよね。「何々をすることができない」という意味です。これを「するこっができん」という言い方にしてみると分かってもらえるので、それぐらいのニュアンスで変えています。

-視聴者がドラマを見る上で、ここに気を付けると分かりやすいというポイントはありますか。

田上 最初に理解しておくと分かりやすいのが、「おい」と「わい」です。「おい」は自分のこと。「わい」も全国的には「私」というニュアンスが広まっていると思いますが、鹿児島弁の「わい」は相手を指します。これが、「誰が誰に対して何を言っているのか」という入り口になってくるので、頭の片隅に入れておいていただければ。

-現場ではやっている薩摩ことばはありますか。

迫田 「もす」です。「です、ます」に当たる言葉で、本来は「おはようございもす」みたいな使い方をします。最初の頃は、皆さん、現場に入られたときに「おはようございもす」と丁寧におっしゃっていたんです。それで「薩摩ことば、はやってきたな」と思っていたら、ある日から「もす」だけに…(笑)。今はそれがあいさつのようになっています。

(取材・文/井上健一)