犯人の情報を拡散させたネット住人の法的責任
犯罪を自慢するのがネット上であれば、手痛いおしおきを食らわせるのもネット住人。反社会的な行為に悪びれもしない犯人に対し、怒りを剥き出した「特定班」と呼ばれるネットの有志たちが個人情報を詳しく掘り起こし、「全力で潰すぞ」のかけ声とともに凄まじいスピードで犯人の情報を拡散させる。本名フルネームはもちろん住所地、生年月日、通っている学校、交友関係、過去の犯罪歴(飲酒や万引き自慢など)まで晒される情報は幅広い。
また、本人の学校名や関係先が判明すれば、そこに電話やメールで詳細を知らせる「電凸」も彼らの得意技だ。そうした“正義感”あふれる有志の活動によって解雇、内定取り消し、留年、退学処分などを食らった人間は少なくない。
しかし当人はこう考えるかもしれない。「たしかに炎上させるようなツイートは悪かったが、報道もされていない個人情報まで掘り起こして拡散するのはやり過ぎだ。俺の人生を狂わせたネット連中を訴えてやる!」と。
第三者から見ればどっちもどっちな話だが、こんな場合は犯罪自慢した人間から、ネットで個人情報を拡散した人々に損害賠償請求できるのだろうか?
刈谷弁護士によると「理論的には請求可能です。ただし現実にそれが割に合うかどうかと言えば別問題になります」という。
こんなケースは、刑事責任としては名誉毀損、侮辱罪などがあり、民事でも同じく名誉毀損、そしてプライバシー侵害などに該当する。しかしこの程度では実際に刑事事件となって逮捕・起訴まで発展するとは考えられず、また民事事件としても扱いにくい。損害賠償を請求する前提として、いくつもの“壁”があるからだ。
特定班が多く活躍する匿名掲示板「2ちゃんねる」を例にすると、まずは訴えの対象を特定するため2ちゃんねる側に当該書き込み(個人情報の暴露)を行なった本人のデータログ開示をさせなければならない。そして、そこからログを取得したとして、今度はそのIPアドレスを割り振ったプロバイダ側への開示命令を出すことが必要。
仮にここまでやって本人を特定したとして、そもそも「フェイスブックに書いてあるプロフィールや日記が果たして“高度に秘匿されるべき個人情報なのか?”」という問題もある。それらを全部クリアしても、得られる損害賠償金はさほど多くない。かかった労力や時間、費用に比べるとまったく割に合わないという。
「なので普通は損害賠償請求までは考えず、サイト運営者に仮処分命令を出して、個人情報の載った部分を削除してもらって終わりです。そのあたりが現実的な落としどころですね」と刈谷弁護士は話す。
ただし「消すと増えます」というネットスラングが示すように、一度でも拡散されてしまった個人情報を完全に消し去ることは事実上不可能だ。いずれ本人が心を入れ替えて就職活動に励んだとき、採用担当者がA君の名前でネット検索をかけ、過去の不祥事を知るパターンは十分考えられる。そうなれば決して雇ってはくれないだろう。
遊び気分で犯罪行為をネット投稿している人たちに問いたい。「まだ未成年だから」「そのうち武勇伝として語れるから」「簡単にテレビのニュースに出られるから」。そんな安易な考えでツイッターに投稿して関係者や家族を巻き込み、自分の一生を台無しにする――その覚悟があなたには、ありますか?
【取材協力】
刈谷龍太・・・弁護士(東京弁護士会所属)。弁護士法人アディーレ法律事務所パワハラ・不当解雇・残業代未払いなどのいわゆる「労働問題」を専門に扱う部署に所属。問題点を的確についたシャープな切り口のトークには、内外問わず評価が高い。サッカーが大好きで、休日はサッカー・フットサルを楽しむ。サッカー日本代表の試合は、睡眠時間を割いてでもリアルタイムで観戦するほど。ブログ『こちら弁護士刈谷龍太の労働相談所』も更新中。