奥村盛人監督

南国は土佐を舞台にした父子ドラマ『月の下まで』。高知で先行上映され自主映画としては異例のロングランヒットを記録した同作がいよいよ東京での公開を迎える。手掛けた奥村盛人監督は本作でデビューを果たす新人。新聞記者から映画界へと飛び込んだ変わりダネだ。

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四国の地方新聞社で8年間に渡り社会部の記者をしていた奥村監督。映画監督へ転じた理由をこう明かす。「新聞の限られた紙面で、ある事件やある問題のすべてを報じることは不可能。どうしてもこぼれ落ちてしまう事柄が出てきてしまう。また、個人としての意見や考えを押し殺さなくてはいけないケースもある。そういったことに次第にもどかしさを感じて。ひとつの夢だった“映画”で、これまで自分の心の中に抑制されてきた様々な伝えたい事柄を自由に表現したい気持ちが高まり、映画の道に進むことを決心しました」。

記者を辞め、映画学校で学んだ後、自主製作で完成させた作品は、高知の小さな港町でカツオの一本釣り漁師をするシングルファーザーの勝雄が主人公。母の死を機に、それまで避けていた知的障害者の息子、雄介と向きあわざるをえなくなった彼が、さまざまな試練や困難を乗り越えていく中で、親子の関係を築いていく。その心をひとつにする父と子の姿が深い感動を呼ぶ。「寡黙で一本気な性格の勝雄にしても、彼の置かれた経済的状況にしても、記者時代に出会った人や取材時に目撃したことが少なからず反映されている。今までの自分の体験からでしか生まれなかったドラマである自信はあります。カッコいいと言い難い、泥臭くて無骨な映画ですけど、ひとりでも心が動く人がいてくれたらうれしい」。

もうひとつ印象深いのが、奥村監督の注ぐ地方への眼差し。土佐の風土やそこで暮らす人々の気質が実に色濃く作中に織り込まれている。これについて監督は「すべてのことが東京中心で語られてしまうのはどうか。地方には地方の独自の価値や視点がある。ですから、地方発ながら東京向けにしたような映画にだけはしたくなかった。意味が理解できないセリフがあるかもしれないですが、方言に徹したのもその理由のひとつ。あくまでその土地から語り、発信することにこだわりました。また、これこそが地方で生きてきた僕だからこそ持つ視点。この独自の視点はこれからも大切にしていきたい」と語る。

これまでのすべてのキャリアを捨て、自らの夢に賭けた新人監督の渾身の1作に注目してほしい。

『月の下まで』
9月14日(土)よりユーロスペースにて公開

取材・文・写真:水上賢治