左から、辻萬長、大和田美帆、井上芳雄、木野花 左から、辻萬長、大和田美帆、井上芳雄、木野花

井上ひさしが敬愛した宮沢賢治の姿を描いた戯曲『イーハトーボの劇列車』(演出・鵜山仁)が今秋、14年ぶりに再演される。主演の井上芳雄をはじめ、賢治の一家を演じる辻萬長、大和田美帆、木野花らが顔を揃える稽古場に潜入した。

『イーハトーボの劇列車』チケット情報

理想郷を求め故郷・花巻から汽車に乗って上京しては挫折を繰り返す賢治。20代から30代にかけて、東京へ向かう汽車と上京先での彼の姿を断面的に描き出していく。

タイトルにもある「列車」が重要な位置を占める本作。この日の稽古も賢治が衝動的に家出を決行し、上野へ向かう汽車へと乗りこんでくるシーンから始まった。下駄のまま家を飛び出し、思いつめた様子の賢治を中心に会話が進むが、興味深いのはその周囲に陣取る乗客たち。彼らが「ダー!」「シュー」などの擬音を発することで走る汽車を表現する。この音は同時に賢治の心情を表しており、賢治が自らの決意を力強く宣言に合わせ「ダー!」「シュー」の声がより強くリズミカルになっていくなど、まさに「列車」は賢治と並ぶ主人公とも言える存在。演出の鵜山からは「もっと人情味を込めて!」など指示が飛ぶ。

大和田は賢治の妹と女車掌のネリを演じる。この2役は「美帆ちゃんに始まり美帆ちゃんに終わる」と井上がいうほど重要な役どころだが、加えて「実は乗客の役で半分以上舞台に出ています(笑)」と大和田が明かすように、12人のキャストが入れ代わり立ち代わりでシーンを支えていく。

続いて賢治が身を寄せる東京の下宿先の場面。賢治を連れ戻すべく上京した父・政次郎(辻)と賢治が互いに信じる宗教論を戦わせる。木野は母親役との2役で、ここでは下宿の未亡人を演じるが「いろんな仕掛けがあって飽きさせない」という彼女の言葉通り、小難しい論争がウィットに富んだやりとりに仕上がっており、笑いを誘う。汽車と同じく声で表現されたハエが父と息子の間を飛び回るさまはユーモアたっぷり。「学術的な論争なんて分からないけど、くだらない屁理屈を交えながら分かりやすく伝えてくれる」と辻も手応えを明かす。

それにしても改めて驚かされるのは井上の出番の多さだ。文字通り出ずっぱりだが「自分でもびっくりしてますし、思いのほか大変です」と苦笑しつつ「賢治は人のために一生懸命に生きて、生きて、死んでいく。その懸命さとの重なりを感じながらヘトヘトになって演じてます」と役の向こうに賢治の姿を見据える。賢治の悲哀、絶望、それでも失わなかった希望がどのように表現されるのか? 完成を楽しみに待ちたい。

公演は10月6日(日)から11月17日(日)まで東京・紀伊國屋サザンシアター、11月23日(土・祝)・24日(日)に兵庫県立芸術文化センター、11月28日(木)に岩手県民会館にて上演。チケットはいずれも発売中。

取材・文・写真:黒豆直樹

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