『オットーという男』

『オットーという男』(3月10日公開)

 いつもご機嫌斜めなオットー(トム・ハンクス)という男。曲がったことが許せない彼は、家の近所を毎日パトロールしてはルールを守らない人に説教をし、あいさつをされても仏頂面で返す始末。隣人たちから見れば面倒くさくて近寄り難い存在だった。

 だが、そんなオットーも、実は人知れず孤独を抱えていた。最愛の妻に先立たれ、仕事も失った彼は、自ら命を絶つことを考えていたのだ。

 ところが、向かいの家に越してきた陽気なマリソル(マリアナ・トレビーニョ)とその家族が、なにかと邪魔をして、なかなか死ぬことができない。だが、そのマリソル一家が、オットーの人生を変えてくことになる。

 スウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』(15)をリメーク。孤独で偏屈な男が、隣人一家との触れ合いを通して再生していく姿を描いたヒューマンドラマだ。

 『プーと大人になった僕』(18)のマーク・フォースターが監督し、『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』(12)のデビッド・マギーが脚本を担当した。

 もちろん、ハンクスが偏屈おやじのままで終わるはずがなく、最後は“いい話”になることは明らかなのだが、そこを嫌みなく見せるところが彼の真骨頂。

 プロデューサーは妻で、若き日のオットーを息子が演じていることを考えると、ハンクスに見合う役を見つけてきてリメークした“家内制映画”といえないこともない。

 さて、一時、ハンクスが黒澤明監督の『生きる』(52)のリメーク作に主演するという話があったが、いつの間にか立ち消えとなり、最近ビル・ナイ主演のイギリス映画『生きる LIVING』(3月31日公開)としてリメークされた。

 その代わりといってはなんだが、この老人の再生話は、『生きる』をほうふつとさせるところがあると感じた。その両作が、ほぼ同時期に公開されるのも奇縁だ。

 またこの映画は、とてもシリアスな問題を扱いながら、所々にユーモアを感じさせるところも『生きる』と同様。例えば、オットーは何度も自殺を試みるが失敗する。ところが、その失敗の仕方に悲喜があるのだ。

 これは、日本の喜劇王といわれたエノケンこと榎本健一の晩年の逸話と重なるところがある。

 それは、体が不自由になったエノケンが自殺を図った際に、ガス栓をひねって「さようなら」と言ったら、その声があまりにも大きかったために家人に気付かれた。

 電気コードで首をくくろうとしたら転倒して失敗したというものだ。特に後者は、この映画にも似たようなシーンがあった。

 また、オットーが心臓の肥大という病を持つことを知ったマリソルが、思わず「ハートが大きいのね」と笑ってしまい、それにつられてオットーも笑顔になるシーンもあった。

 これらは決して死や病をちゃかしているのではなく、シビアな状況でも、人は笑いで救われることもあるということを表しているのだろう。だから、たまにはこういう映画も必要なのだ。

(田中雄二)