『そして父になる』(C)2013『そして父になる』製作委員会

是枝裕和監督の作品としては、わかりやすすぎるほどにわかりやすい、鮮やかな対比を見せるふたつの家族が描かれた映画だ。

一流大学を卒業して大企業に勤め、窓からの眺めが富の象徴であるかのような都心のマンションに住む野々宮良多の家族。近所のブラジル人が電球ひとつを買いにくるような、しがない電気店を営む群馬の斎木雄大の家族。仕事が忙しくて子どもと過ごす時間がほとんどない良多と、ひとり息子とやさしく濃密な時間を過ごしてきた妻。お金を稼ぐことは不得手でも子煩悩な雄大と、気取りなく子どもを抱きしめる妻。すべてにおいて正反対な家族の運命は、6年間育てた息子が他人の子どもだったと発覚し、“交換”に動き出した日から、交わっていくことになる。

産院での赤ちゃんの取り違えという題材は重いけれど、ふた家族の対比がエンターテインメントとして昇華されているし、思わず吹き出してしまう肩の力の抜けたシーンも少なくない。ふた家族が交流するために集ったショッピングセンターのフードコートで、雄大は病院宛ての領収書をちゃっかりもらい、のんきな状況ではないのにふたりの母親は電話で他愛ない話をしながら、大笑いしたりもする。

そうしたいくつものエピソードから浮かび上がってくるのは、テーマや理屈や観念にしばられることなく、生活者としての自分を立脚点にした、是枝監督の新たな目線だろう。どんな困難に直面してもふと笑ってしまう瞬間があって、お腹だってすく。代わり映えのしない暮らしのなかでこそ培われる強靭な何かへの信頼が、ここにはある。親子の絆を結ぶものは、血か時間か。この映画が投げかけてくる問いの答えはあらゆるシーンにちりばめられ、観る者はその幸せの連なりを、共有することができるのだ。

『そして父になる』
公開中

『ぴあ Movie Special 2013 Autumn』(発売中)より
文:細谷美香