松井周  撮影:星野洋介 松井周  撮影:星野洋介

岸田國士らによって設立され、70年を超える伝統を誇る文学座。劇団活動の拠点となる「アトリエの会」では現代演劇界をリードする劇作家たちの新作を上演してきた。そのアトリエ公演に今回、初めて脚本を書き下ろした松井周。9月某日、新作『未来を忘れる』(10月18日(金)~11月1日(金))の稽古場で松井に話を訊いた。

文学座アトリエの会『未来を忘れる』チケット情報

「文学座さんからお声がかかったからには、岸田さんの流れを組む正統派の作品を書かなければと緊張していたんです。しかし、最初の打ち合わせで演出の上村聡史さんから『ドラゴンボールのピッコロ大魔王って口から卵を産みますよね? そんな感覚を脚本にできませんか?』と言われて驚きました。と同時に、“ヘンな世界を描いている”と言われることの多い、僕のいつもの感覚で書いていいんだなと思いました」と笑いながら語る松井。そんな打ち合わせから生まれた『未来を忘れる』は、夢と現実が交錯する不思議な物語だ。あるひとりの青年が語る、自分の両親の物語……と思いきや事態は思いがけない方向に展開していく。「夢と現実をくっきりと分けるよりも、演じる側にも混ざっている状態を楽しんでほしいと思っています。演劇ってそもそも、現実にそこにいる人に役という設定を貼り付けているじゃないですか。その設定に整合性をもたせても、演じる時点ですでにウソをついているでしょ、と思うから」。

自ら主宰する劇団サンプルでは普段、脚本を完成させずに稽古に入り、その場でつくっていくという松井。しかし外部に脚本を書くときはやはり、ある程度の配慮をするという。「今回もなるべく説明を省かないで書いています。ただ、AからBにたどりつく間に本当ならもっと説明を入れるべきところを、あえて演出の上村さんに委ねて遊んでもらおうという場面も多々あります。いわゆる新劇をずっとやってこられた方々をいい意味で揺さぶりたい。能力や技術、経験を総動員しつつ、『どうしたらいいの?』と思わせたいというイタズラ心があるんです(笑)」

脚本だけでなく演出、そして出演と数々の仕事を縦横無尽に飛び回っているように見える松井だが、その真意を聞いてみると意外な答えが。「脚本なら脚本だけで行けるという自信がないんです。いろんな分野の仕事に手を出して、よくわからないなりに得たものを別の分野に使えないか考えながらようやく進んでいく、その繰り返しです」。ならば今回の脚本も、松井の活動に大きなフィードバックをもたらすのではないだろうか。「今回、状況に対する自分の不満がストレートに出ている部分はあると思います。自分の考えている先端の部分を描けた気はしています。実際に文学座の皆さんが演じたらどうなるのか、その化学反応がいまから楽しみです」 

公演は10月18日(金)から11月1日(金)まで東京・文学座アトリエにて。チケット発売中。

取材・文:釣木文恵