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『ザ・ホエール』(4月7日公開)

 まだ40代のチャーリー(ブレンダン・フレイザー)は、同性のパートナーだったアランを亡くして以来、過食と引きこもりの生活を続けたせいで、自由に身動きが取れないほど肥満していた。

 チャーリーは、アランの妹で看護師のリズ(ホン・チャウ)に助けてもらいながら、オンライン授業の講師として生計を立てているが、心不全の症状が悪化しても病院へ行くことを拒否し続けていた。

 死期が近いことを悟ったチャーリーは、8年前にアランと暮らすために家庭を捨ててから疎遠になっていた娘のエリー(セイディー・シンク)を呼び寄せるが、彼女は学校生活や母(サマンサ・モートン)との間に多くの問題を抱えていた。

 劇作家サム・D・ハンターの舞台劇を原作に、ダーレン・アロノフスキー監督が映画化。死期の迫った肥満症の男と彼の部屋に出入りする人々とによる、月曜から金曜の出来事が描かれる。

 そのほとんどがチャーリーの部屋で展開するワンシチュエーションの室内劇。チャーリーを取り巻く人々が、ドアから出たり入ったりする描写で変化をつけるところも舞台の流れだろう。

 根底にあるのは、宗教(キリスト教、聖書、贖罪(しょくざい))の問題で、ハーマン・メルビルの小説『白鯨』がメタファーとして現れる。だからタイトルが『ザ・ホエール』であり、チャーリーの肥満体にはクジラを表すところもあると思われる。

 肥満したチャーリーの姿や行動は一見醜悪に見え、見ていて決して気持ちのいいものではないのだが、それがこの映画のテーマである、他者への偏見やあざけりにつながり、受容や差異についても考えさせられる。

 フレイザーは、毎日4時間の特殊メークと、5人がかりで着脱するファットスーツを身に着けて、体重272キロのチャーリーを演じて第95回アカデミー賞で主演男優賞を受賞(メイクアップ&ヘアスタイリング賞も受賞)したが、特異な外見のみならず、難しい内面の演技も評価された結果だったのだと感じた。とはいえ、相変わらずアカデミー賞は障害のあるキャラクターに甘いのも事実だが。

『AIR/エア』(4月7日公開)

 1984年、ナイキ本社に勤めるソニー・バッカロ(マット・デイモン)は、CEOのフィル・ナイト(ベン・アフレック)から、バスケットボール部門を立て直すよう命じられる。しかしバスケットシューズ界では市場のほとんどをコンバースとアディダスが占めており、立ちはだかる壁はあまりにも高かった。

 そんな中、ソニーと上司のロブ・ストラッサー(ジェイソン・ベイトマン)は、まだNBAデビューもしていない無名の新人選手マイケル・ジョーダンに目を留め、一発逆転の賭けと取引に挑む。

 アフレックが、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97)以来の盟友デイモンを主演に迎えて監督し、ナイキの伝説的バスケットシューズ「エア・ジョーダン」の誕生秘話を映画化。

 ナイキの企業理念やスタッフたちの熱い思いが起こした奇跡を描く、あたかも「プロジェクトX~挑戦者たち~」を思わせるような内容。この手の映画は、観客がすでに知っている結果に至るプロセスを、いかに興味深く見せるかにかかっているが、その点では、知られざる逸話をちりばめながら、まるで勝負の行方が分からないスポーツ映画のような感覚で盛り上げる。

 アフレックは、1979年から80年にかけて発生した在イランアメリカ大使館人質事件を描いた監督・主演作『アルゴ』(12)でアカデミー賞の作品賞を得ているが、今回も見事な実録物に仕上げている。

 84年の世相を映すオープニングの映像や、ストラッサーがしみじみと語るブルース・スプリングスティーンの「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」の意味など、当時を知る者にとっては懐かしさを感じさせるような、時代を表す描写も巧みだ。

 ナイキのスタッフたちにも増して、物語の鍵を握る存在のジョーダンの母デロリス役のビオラ・デイビスが好演を見せる。

(田中雄二)