【酒場】西荻窪のレトロ横丁・柳小路には「戎」の香り

今宵のせんべらーは東京・西荻窪の老舗「戎」へ。もうもうと立ち上る煙の中、酒を呑めば、二度と戻れない奈落の極楽へご案内。

千円でべろべーろになれる店、せんべろ酒場。

今夜はJR中央線だ。

ちょっと目をはなしていたら、西荻窪駅南口の柳小路にやきとり「戎」が増殖し、戎パラダイスになっていた。

 












荻窪は昔の闇市の名残であるバラックマートや横丁がいくつか残っていた町だけど、今は新旧入り乱れた小バコが立ち並ぶこの柳小路が一番長く生き残っている。

メキシコにタイに沖縄に韓国、台湾などアジアンな風が吹き荒れる中で、長年いぶし銀のオーラを放ち続けているのがこのやきとり「戎」。

   

 

 







インド人もびっくりな店員の早すぎる暗算術と記憶力、串だけにとどまらない小皿、刺身、煮込み料理の数々、そして何より、通るものの思考を一時停止させるもくもくと立つ煙。
「戎」に行くと必ずバレる。
中央線の住民に言わせると、隠しきれない”戎香”(えびすこう)が店を出たあとからも胞子のごとく体のまわりに浮遊しているらしい。
通りを挟み込むように「戎」の看板はあるのだが、私が一番好きなのは、まっちゃいろなイコールカウンターがある老舗店舗。
今日は焼き場で巨大な鯛のお頭が焼かれている。何か祝い事か。
一人で来るとこのカウンター席に大概座れる。
ここの常連は自分なりの頼むコースが決まっている。
隣のおっちゃんたちはいきなり天ぷらの盛り合わせを1セットずつ、斜め前の若者はいわしのコロッケ人数分。
私はまずは前菜、すなわち刺身からだ。
店で〆ているというしめサバに最近はハマっている。



 







つややかで色っぽい真っ赤な切り身を独り占めする贅沢。
これで300円也(涙)。
こいつを食べるたび、もういっさいの居酒屋でしめサバを口にしない、と毎度誓う。
一杯目はなぜか大手四社の全銘柄を取り揃えているビールからスタートするが、二杯目以降は200円台で飲める日本酒かハイボールへ。
水曜夕方五時。
すでにカウンターには毎日通ってる風の地元のおっちゃんたちが、間に店員をはさみながら放射線状にトークのキャッチボールをしている。
女一人はかなり目立つはずだが、ひとたびすわればまっちゃいろの煮込み鍋のような空間に容赦なくとけ込んでしまうふしぎ。
ふと、隣のシルバーグレイのおっちゃんが「ここよく来るの」とおひたしを食べながら聞いてくる。
最近ちょいちょい来てますねと答える。
「おらぁね、今日は2時にこの近く打ち合わせでしょ。3時に終わるでしょ、したらノーリターンで戎でしょ。でもって一時間か二時間かここで飲んで、横浜まで帰るわけよ。ここは奈落よ、奈落の極楽。入ったら戻れないから、エヌアールってやつね、ふふ。あ、今日はいなだ刺しもうまいよ」
じつにうれしそうである。

 


「何、彼氏と来るの。彼は同業者なの。何、あんたはアイテー(IT)関係?」
この店のカウンターで隣り合わせた時点で距離感などという野暮な言葉は存在しない。
「何、で、生まれどこ」
「いろいろと。関西から東北など転々としてまして」
「おらぁね、富山よ。そ。キトキトの魚んとこ。だから魚にはちょいとうるさいよ。
同郷のムロイシゲルとはね、あいつとは同級生だもん。
おらぁね言ってやったの。お前みたいなのぺっとした顔のやつが女優になれるかねって。
でもあのまんま。テレビのあのまーんまだよ、あいつ」
地味にムロイファンの私は思わず「へえ」とおっちゃんの顔をそっと横から盗み見る。
薄紫のサングラスの奥でおっちゃんがここぞとばかりにドヤ顔をするが、まったく同い年に見えない。そんな私の声が聞こえたのか、
「あいつがさば呼んでんのっ」
はい、ハイボール一丁う! と会話をさえぎるごとくドスンとジョッキが置かれる。
ついでに砂肝など串を数本頼む。
おっちゃんはちゅるちゅるとグラスに入ったストレートの焼酎を飲みながら、氷水が入ったジョッキをチェイサーにしゃべりつづける。
質問が多い割には自分の話が長い。
ひとしきり自分の仕事と優秀な友達についての談義が終わった。
 



 










そろそろ質問を仕返してやろうと日本酒を飲みつつ、「ところでおじさん、お子さんは」と聞いてみれば、「いるいる。三人も。出来の悪いのばっかりだけどね」
「三人いたらいいじゃないですか」
三人以上の子持ちには無条件に敬意を払う私である。
「うん。そうなの。五十年以上生きてきたけどさ、自分の一番のよくやったと思う大仕事は子供三人育てたことかねえ」
もう少ししゃべりたくなりお酒をおかわりするか逡巡すれば、おっちゃんはおもむろに時計を見て、「あら、もうこんな時間。湘南新宿ライン乗らなきゃ」とそそくさ会計をしはじめた。
会計は千円ちょっとのようだ。
「領収書いただける?」とぬかりない。
「四枚集まったら、しあわせ(四合わせ?)。うまいことちょちょいってやるのよ……」
とうきうき耳打ちをしコートをひるがえして”奈落の極楽”から去っていった。



 

 

 






<今夜のお勘定>
角ハイボール 250円
日本酒「戎」220円
中生 450円
しめサバ 300円
すなぎも 90円
たん 90円
ちれ 90円
なんこつ 90円
煮込大根 250円
冷トマト 280円
日本酒「戎」220円
合計2330円

*おっちゃんにつかまりハイペースで飲み過ぎた。反省。

【店舗情報】
西荻窪「やきとり戎 西荻本店」
住所:東京都杉並区西荻南3-11-5
16時~24時 
日曜休

 

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。

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