韓英恵

僅か10歳のときに鈴木清順監督の『ピストルオペラ』で鮮烈なデビューを果たした、韓英恵。それから時を経て20代に入った今、彼女は新たなキャリアに踏み出した気がする。最新主演作『んで、全部、海さ流した。』では、今までにないイメージの役に挑んだ。

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実はここ数年の間に、彼女は自身にとって2度の重大な決断を迫られた。ひとつは日本人に殺された姉の無念を胸にテロを起こそうとする在日コリアンの少女を演じた『アジアの純真』への出演。もうひとつは、二重国籍の認められない日本の法のもと、韓国人の父と日本人の母を持つ彼女はどちらかの国籍を迫られ、韓国籍を選択したことだ。この2つの経験は大きかったと言う。

「どちらも、それまでどこか見て見ぬふりをしてきた自らのアイデンティティについて向き合う時間でした。今は、ひとつの区切りがついて、ふっきれたところがあります」。その心境の変化もあってか、あくまで個人的見解だが『アジアの純真』以降、彼女が演じた役には、変な表現だがきちんと体温が感じられ、血の通った人間に思える。本人には失礼だが、以前はエキセントリックなたたずまいもあり、何か血の通っていない人形のような印象を抱くこともあった。「私自身は変わっていないんですけど、女優としては変わったと思います。以前は、どこか受身でした。でも、『アジアの純真』でこれからも役者をしっかりやっていくと決意できたので、以降はもっと積極的に挑めていると思います」。

今回の作品は、震災後の宮城県石巻で撮影され、現地で生きる元ヤンキー少女と少年が自分たちなりの明日探しをする物話。この中で、韓英恵は高校を中退して仕事も決まらず、鬱屈した毎日を送る元不良少女の弘恵役をジャージ姿で演じている。「“被災地への同情ではなく、今の東北で生きる人たちの姿をしっかり描きたい”と監督がおっしゃっていましたし、脚本からもその意思が伝わってきたのでぜひ演じたいと思いました。また、私自身も被災地で生きるということがどういうことなのか、現地に実際に立つことで少しでも理解したかった。弘恵については、どこか英恵で私の地が出ているところがあります(笑)」。

また、手掛けた庄司輝秋監督は「どこの地方にでもいそうな田舎の女の子になってくれました。韓英恵さんの新たな一面が出せたのではと思っています」と明かす。今までにない韓英恵の姿をスクリーンで目撃してほしい! なお、公開日と同日には出演作『たとえば檸檬』のDVDも発売される。

『んで、全部、海さ流した。』
11月2日(土)よりユーロスペース、12月14日(土)より大阪・第七藝術劇場にて公開

取材・文・写真:水上賢治