吉田恵輔監督、麻生久美子

スクリーンの中の痛々しい麻生久美子に胸を痛めつつどこか笑ってしまう。彼女をイジメ抜いた(?)のは吉田恵輔監督。『ばしゃ馬さんとビッグマウス』で、『純喫茶磯辺』に続いてタッグを組んだ。

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30代半ばになっても脚本家の夢にしがみつく“ばしゃ馬”の馬淵(麻生)と天才を自称する“ビッグマウス”の天童(安田章大)がもがきながらも進んでいくさまを描いた本作。

主人公は若き日の吉田監督自身を投影した存在。当初は男ふたりの物語を考えていたというが「麻生さんと一緒に仕事がしたくて」主人公を女性にした。結果、男ふたりでは生まれなかった広がりが生まれたという。「男同士だと恋愛要素もないし、同じ方向を向いちゃう。女性だと元カレが登場したり、弱い部分を見せて、痛みを痛みとして伝えることができるんです。僕自身、映画の中の馬淵のような時期に、彼女がいたり、弱音を吐いたりってことがなかったけど、本当は吐きたかった(笑)。それを映画の中で言ってやるぞって(笑)」。

「(夢に向かって)頑張っていた時代は私にもあったので、その意味で馬淵の気持ちは分かりました。それから、つい元カレに依存してしまうっていうのも分からなくはないというか…まあ、そういう時期もあるよねと(笑)。意外と共感できました」と語る麻生。吉田作品について漏らした「生々しくてリアルで痛くて、見ているこっちが気まずくなるけど見ないといけない――そういう状況に置かれるのが好きなんです」という言葉はまさにこの映画と重なる。現場での吉田監督について「すごく男らしい変態です(笑)」と最大級の賛辞(?)を口にする。

吉田監督は麻生が演じることで「いい意味で重くなったしメリハリもついて、正直、出来上がりが脚本よりもよかった。普通、脚本家は本が一番だと思ってるけど『あれ? この本、こんなに面白くて切なかったのか?』と思えた」と明かす。カメラを通して麻生が過去の自分自身を演じるさまを見て監督は「もっともっとイジメてやりたくなった(笑)」と語るが、それにしても麻生はなぜ、こんなにも痛々しい姿が似合うのか? 当人は「『モテキ』があったせいか、よく言われます。演じていてかわいそうでしたよ。切なくて…決して楽しくはないです」と苦笑する。

吉田監督はそんな麻生について「変わったよね」とニヤリ。「昔は同じかわいそうでも、幸薄そうで三歩下がってという奥ゆかしい感じだったけど、最近は根っこが図太い! 泣きながら付いてくる感じだよね(笑)」。

『ばしゃ馬さんとビッグマウス』
公開中

取材・文・写真:黒豆直樹