東北記録映画三部作を完成させた酒井耕監督と濱口竜介監督

“震災とどう向き合い、映像に残し、人々に伝えるのか?”。東日本大震災に関する作品が今も次々と生まれているが、この問いに対し、多くの映像作家が悩み、いまだに答えを出せない。その中で、酒井耕と濱口竜介の両監督が手掛けた『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』の東北記録映画三部作は、ひとつの最良の形を見い出したといっていい連作だ。

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驚くことに本作には、震災関連作品に必ず登場する津波や瓦礫の映像はほぼない。登場するのは東北で暮らす市井の人々。『なみのおと』『なみのこえ』では震災を体験した親子、姉妹などの語らい、『うたうひと』では東北で生きる老人たちの地元に伝わる民話の語りに、二人の監督はひたすら聞き入った。その理由をこう明かす。「震災後の5月に現地に入って、こう思いました。目の前に広がる被災状況のすべてをたとえ記録できても、震災のすべてを伝えることは不可能だと。その中で、ある現地の方に会い、直に体験をおききしたとき、はじめて震災の本質に触れた気がして。体験者の語りには人の心に響く力があると思いました」(濱口)「当時、震災に関するニュースが世の中に溢れ、その膨大な情報で現地の人の生の声がかき消されているような気がして…。だから、実際に体験した人にとって震災はどういうことだったのかじっくりと話を聞くことは重要だと感じました」(酒井)

ただ、各作品はテーマに対して思いの丈を語り尽くすような“証言集”とは違う。よく知る者同士がカメラの入ることと改めて膝を交えることでほどよくかしこまりながら語らう。そんな雰囲気での対話は時に脱線して震災とは直接関係ない話題にも飛ぶ。でも、そこから大震災の前と後の日常の違いといった被災した人々の本音や震災の事実が不思議と滲み出る。「ここまで僕らに多くの気づきを与えてくれる話が出てくるとは思いませんでした。ここに登場する方々の語りはあくまで個人的なもの。社会や世間に向けたものではない。でも、この個人に向けてというのが、実は震災を伝えるのに大切なのではないかと今感じています」(酒井)「僕らという部外者が入ることでひとつ風穴が空いたところがあったかもしれない。被災者同士であるがゆえ話せないこともたくさんあったと思うので」(濱口)

ここで語られることは、被災者、震災の記録と記憶、被災地と日本の過去・現在・未来と、私たちを深く強く結びつけてくれる。ぜひ、耳を傾けてほしい。

東北記録映画三部作『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』
オーディトリウム渋谷にて公開中
11月16日(土)よりアップリンクにて公開

取材・文・写真:水上賢治