トリノ王立歌劇場「仮面舞踏会」ゲネプロより 撮影:三浦興一 トリノ王立歌劇場「仮面舞踏会」ゲネプロより 撮影:三浦興一

ヴェルディ・イヤー最後の月を華々しく飾るトリノ王立歌劇場の『仮面舞踏会』。この世界最高のオペラ上演を日本で観られる人は幸せである。指揮者ジャナンドレア・ノセダの「魔法」は、輝かしく、歌手、合唱、オーケストラ、そして目を見張るような最終幕のビジュアルなど、全ての要素が究極の洗練に到達していた。

「トリノ王立歌劇場 2013年 日本公演]の公演情報

主役のリッカルドを演じるテノールのラモン・ヴァルガスは、声楽的にも演劇的にもこの役にぴったりで、無邪気で打算のない「天然」キャラクターの国王を、生き生きとした声で歌いあげていた。英雄的というより、生身の人間のリアリティが伝わってくる。

記者会見でこの役への想いを「モデルとなったスウェーデン王は政治には関心がなく、俳優を夢見ていた芸術家気質の人物で、(プッチーニのオペラの歌姫)『トスカ』のように生きたかったのに、政治に関わらなければならなかった男」と語っていたが、なるほど、まさにそのような「夢と愛に生きる」国王が舞台にいた。ブリリアントな中に温かみを感じる声と、黒髪&ヒゲのルックスから、往年のパヴァロッティを思い出す瞬間もあり、21世紀の貴重な歌手であることを再認識した。

弟分のようにリッカルドに懐いているのが小姓オスカル役の市原愛。愛らしく清涼感に溢れ、ほっそりとした姿も本物の少年のよう。ドイツ・オペラやオペレッタを中心に活躍中の新星でヴェルディ・オペラは初挑戦となるが、重々しいテーマを扱った本作で、フレッシュな光彩を放っていた。

大きな驚きは、リッカルドが恋する人妻アメーリアを演じたウクライナ出身のソプラノ、オクサナ・ディカの実力。長身美麗で、氷が砕け散るような光輝く高音を出す。オーロラのようにホールを満たす美声はヴェルディの悲劇に相応しく、アメーリアの悲しい宿命をドラマティックに表現。二幕でのリッカルドとの二重唱は痛切で胸かきむしられるようだった。

ロレンツォ・マリアーニの演出は、20世紀初頭を想定したモダンなスタイルで、美術にはシュールレアリスティックな要素も。大きすぎるドアやベッド、シャンデリアが「宿命という掌の中にあって、とても小さな存在である人間」を、視覚的に描写していた。ラストの仮面舞踏会のシーンは圧巻。すべてが華やかな赤に染まり、血の悲劇へとつながっていく見事な終幕に瞠目した。

ノセダの緻密な音作りは徹底しており、ゲネプロでは何度もオケを止めて修正を行う度、音楽の精度を高めていく。一昨日のゲネプロで聴いた『トスカ』とは異なる「ヴェルディ・タッチ」を引き出していたのも驚きだ。占い師ウルリカ役のメッツォ、マネアンネ・コルネッティの飛び出してくるような迫力、アメーリアの夫レナート役のバリトン、ガブリアーレ・ヴィヴィアーニの複雑味を帯びた歌唱、そして静かな情熱を秘めた献身的な合唱も絶品であった。

トリノ王立歌劇場の『仮面舞踏会』本公演は、12月1日(日)・4日(水)・7日(土)に東京文化会館で開催。

取材:文・小田島久恵

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