『キャプテン・フィリップス』(C) 2013Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

「事件を生々しく追求しつつ、映画としての興奮も備えたい」。前作『グリーン・ゾーン』の取材で語ったこの言葉を、ポール・グリーングラス監督は、この新作でのインタビューでも繰り返した。2009年、ソマリア沖で起こった海賊の襲撃事件を描くにあたり、グリーングラスは徹底して、事実に近い状況を再現しようと試みている。主人公のフィリップス船長がアメリカの自宅を出発する冒頭。それに続く、ソマリアの海岸での海賊の人材集めのシーンと、グリーングラスらしい手持ちカメラによる臨場感満点の映像はトップギア全開で、観ているこちらは“その場に巻き込まれる”感覚を植え付けられ、心がざわめいていく。

今回、特筆すべきは、技術的困難が伴うため、通常の映画では避けられる海上撮影にこだわった点だ。追尾してくる海賊船との距離感が伝わるのはもちろん、コンテナ船の放水をもろともせず、船の壁面をよじ登る海賊たちの姿など、ドキュメンタリーかと錯覚してしまうほど。激しい水しぶき、揺れる船上での乗組員のおびえる表情が、“現場”でしか到達できない衝撃映像へと結実させる。とくに戦慄を誘うのは、小さな救命艇でのシーン。こちらもあえて海上で撮影され、乗り込んだ面々は船酔いで悶絶したそうだが、その苦しさが生むカメラの不安定な動きや、キャストの悲痛な表情、救命艇内の息苦しさや暑さは、セット撮影では表現不可能だったはずだ。

リアリティ追求の現場は、名優からも新たな才能を引き出した。人質となるフィリップス役のトム・ハンクスにとって、自己犠牲の精神を発揮するヒロイックな演技は、ある意味で想定内。しかし、実際に命の危機にさらされた場面での生への執着や、あわてふためく彼の表情には、作り物を超えて役の魂が宿り、観客もハンクスであることを忘れるだろう。演技初挑戦の海賊たちもギラギラした不気味さをかもし出す。

米海軍も加わる後半の救出劇は、前半とうって変わったテンションで、やがて訪れるのは、通常のアクション映画とは明らかに異なる幕切れ。この瞬間、映画の冒頭とまた別種の心のざわめきがもたらされ、しばらく余韻が消えることはない。

『キャプテン・フィリップス』
公開中

文:斉藤博昭