『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』

『トワイライト』シリーズの例をあげるまでもなく、吸血鬼ものは映画、ドラマ界においてここ数年のブームともいえる一大ジャンルだ。けれどもジム・ジャームッシュがヴァンパイアのラブストーリーを撮ったとなれば、話は別。一体、どんな映画になっているのか予想もつかないと思いつつ完成作を観てみると、スクリーンにはまごうことなき、ジム・ジャームッシュの世界が広がっていた。

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舞台はアメリカ、デトロイト。アンダーグラウンドのミュージシャンとして密かに人気を詰めているアダムは、実は何世紀も生き続けている吸血鬼。血液は極秘に医師から調達し、最近の人間たちのどうしようもない行いに眉をひそめている高潔な吸血鬼だ。ある夜、恋人であるイヴがモロッコのタンジールからやって来て甘いひとときを過ごすものの、彼女の型破りな妹が現れて、ふたりのそんな時間に変化が訪れていくのだ。

主演をつとめるのは『マイティ・ソー』のロキ役で脚光を浴びたイギリス人俳優、トム・ヒドルストン。そしてミューズであるイヴをティルダ・スウィントンが演じている。このふたりが見事なまでの“吸血鬼顔”で、不老不死の説得力漂う品のある美しさが尋常ではない。人間たちをゾンビと呼んで今の世の中を憂いながら特製の血液アイスバーをかじり、世界に見捨てられた街、デトロイトを散歩するふたり。どこかもの悲しく胸に迫る21世紀の“闇”を切り取った映像は、このうえなくロマンチックで魅惑的だ。

ゆるやかに静かに進むストーリーのなか、80年代の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』から近年の『ブロークン・フラワーズ』まで変わらずに息づく、ジャームッシュだけが持つとぼけたユーモアが、じわりじわりと効いてくる。

ジャームッシュはずっと、世間から少しはみ出し、漂う人たちに寄り添った映画を撮ってきた。『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』で描かれる生きづらさを嘆くヴァンパイアたちもまた、そうした監督の世界の住人たちだ。ミュージシャンのアダムはもの作りにおけるアウトサイダーたちの象徴でもあり、ジャームッシュの分身ともいえる、愛おしい存在なのだろう。

『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』
公開中

文:細谷美香

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