ジャッキー・リーム・サッローム監督

パレスチナのヒップホップシーンと聞いてもなかなかイメージできないのではないだろうか? でも、存在する。しかも相当熱い。現在公開中の『自由と壁とヒップホップ』は、そのことを伝えてくれる。そして占領と暴挙に音楽という非暴力で静かに抵抗するアラブ人ラッパーたちの存在を。5年の歳月をかけて本作を作りあげたパレスチナとシリアの血をひくアラブ系アメリカ人、ジャッキー・リーム・サッローム監督に話を聞いた。

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まず、この映画を作るきっかけはイスラエル領内のパレスチナ人地区で生まれた史上初のパレスチナ人ヒップホップ・グループ“DAM”のナンバー「Who's the terrorist?」との出会いだったと監督は明かす。「私はニューヨークで暮らしているのですが2002年、イスラエルの映画監督、ウディ・アローニ氏が出演されているラジオを聴いていて、この曲が紹介されたのです。アラビア語のラップを聴いたのは初めて。なにより、彼らの境遇が反映させられたリリックは、それまで接してきパレスチナの政治家やインテリ層の言葉よりも私の胸に突き刺さりました。パブリック・エネミーはこういいました。“ヒップホップはストリートのCNNだ”と。まさにそれを体現していたDAMの曲に衝撃を受けました」。

この翌年からイスラエルへと飛び、故郷のパレスチナ西岸地区で取材を開始。撮影を進める中で、パレスチナのヒップホップ・アーティストと数珠繋ぎ的な出会いを重ねていった。やがて、彼女のカメラが同じ志を持ちながら分断されたイスラエル、ガザ地区、西岸地区らのパレスチナ人アーティストたちにつなげていく。ただ、この過程は感動的であると同時に監督自身は複雑な心境だったという。「私も彼らも同じ血を持つ人間。なのに私は自由に行き来できるのに、ガザのアーティストにその自由はない。イスラエルで暮らすDAMのメンバーはガザに親戚がいっぱいいる。でも、行くには政府の承認が必要で、いまだ実現したことがない。その不公平感に愕然とする日々でした」。

最後に監督はこう訴える。「アラビア語で“somdeen”という言葉があるのですが、これは“粘り強くあきらめない”の意味。世界にはアラブ人は常に怒りを抱え反抗しているイメージが蔓延している。でも、実際は先の言葉が示すように侵略や暴挙を受けようと、平和的解決が来る日を静かに待っている。それはここに登場するアーティストたちの我慢強さを見ても明らか。そういうアラブの人々のことをもっと知ってほしい」。

『自由と壁とヒップホップ』
シアターイメージフォーラムで公開中