『鉄くず拾いの物語』を手がけたダニス・タノヴィッチ監督

ベルリン映画祭で審査員グランプリ、男優賞、エキュメニカル賞特別賞に輝いた映画『鉄くず拾いの物語』が11日(土)から公開される。本作は、ダニス・タノヴィッチ監督が自身の資金で撮りあげた感動作だ。本作はいかにして誕生したのか? 先ごろ来日したタノヴィッチ監督に話を聞いた。

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本作は、タノヴィッチ監督が新聞で“ある記事”を目にしたことから始まった。そこにはボスニア・ヘルツェゴビナの貧しい村で暮すロマ民族の女性が、保険証を持っていないために手術を受けることができないという内容が書かれていた。監督はすぐさま本人に会いに行く。そこには鉄くず拾いをしている夫と妻、そして愛らしい子どもたちと暮す家族の姿があった。「最初に会いに行ったとき、私にはいくつかのアイデアがありました。ひとつは俳優を集めてこの話を長編映画にすることです。でもそうなると資金を集めて、キャスティングをしなければなりません。脚本開発に1、2年はかかるでしょう。ドキュメンタリーという選択もあります。でも私はどちらも違うと思ったんです」

そこで監督は事件の“当事者”である家族に、“俳優”として事件を演じてもらうという大胆なアイデアを思いつく。「演技などしたことないので」としり込みする家族を監督は「私もこのように映画を撮ったことがないので一緒に挑戦しませんか」と説得。予算の1万ユーロを捻出し、8人のスタッフはすべて知り合いを集めた。「私も少しはネットやソーシャルメディアをしますが、私は“フィルムメイカー”です。映画を作ることは仕事ではなく“生き方/世界の見かた”だと思っています」。しかし監督は、撮影していく上で彼らの悲惨さを必要以上に劇的に描いたり、観客の感情を煽ったり誘導したりしないように注意したという。「この映画では彼らの“人がら”が重要だと思ったのです。彼らは決してあわれな人々ではないし、強く生きている。だから彼らの生き様を追うだけで映画のトーンは出ると思いました。だから彼らの家の場面は“温かい空間”として描きたかったんです。外は寒いけれども家の中は優しくて温かい時間が流れている。一方で、外の世界は病院だったり、そこへ向かう途中に出てくる巨大な煙突だったり、とても寒々しい風景を意識しました。私が大事にしたのは“ホーム”の温かさを描くことでした」

本作は遠い異国の地で起こった不条理的な出来事を描いている。しかし、本作を観た観客は“こんなヒドい事が実際にあったのか”と思う以上の想いを抱くのではないだろうか。「この物語はとても“原型的”なものです。普通の人間が苦悩し、家族に愛を持ち、不正に対して戦う。それはとても普遍的なものだと思います」。この映画は社会派ドラマの要素を持ち合わせているが、それ以上に映画として美しく、温かく、観る者を魅了するだろう。

『鉄くず拾いの物語』
1月11日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー