島津斉彬役の渡辺謙

 薩摩藩主として幕政改革を目指した島津斉彬が、志半ばにして非業の死を遂げた。敬愛する主君を失った吉之助(鈴木亮平)の生涯は今後、大きな波乱を迎えることとなる。第1回からその圧倒的な存在感で作品を支えてきた斉彬役の渡辺謙が、撮影の舞台裏、「俳優としての基礎を教わった」という大河ドラマへの思いを語ってくれた。

-斉彬役は視聴者の人気を集めましたね。

 最近のテレビドラマは、役者の表現にしても、脚本の作りにしても、非常に分かりやすく、懇切丁寧に気持ちの奥の奥まで説明することが多い気がします。だから、僕はこの人が何を考えているのか分からなくしたかった。いい人なのか、悪い人なのか。そういう境界をにじませてどんどん曖昧にしたいと。決して目新しいものではありませんが、今のドラマにおけるアプローチとしては、それを面白がってもらえたのではないでしょうか。

-鹿児島ロケでは、渡辺さんが「大儀であった」と言ったときに、涙ぐまれた地元のエキストラの方もいたと聞きます。

 相撲の回(第5回)のことですが、撮影に3日かかりました。その間、暑かったり、寒かったりする中、エキストラの皆さんは裸にふんどし一丁でずっと付き合ってくださった。そのご苦労や、手伝ってくださることへの有り難さはずっと感じていたので、終わった後に「ありがとう」と言いたかったんです。そこで、相撲の場でもあったし、全員に対する「ご苦労様」という意味も込めて、斉彬として「大儀であった」とお芝居をしてみました。

-斉彬という人物の魅力は?

 面白いと思ったのは、今やらなければいけないというものに関しては、ものすごく真っすぐに指示を出していくところ。全く知識がないのに、オランダの本だけを頼りに反射炉で鉄を作るなんてことを、よくやらせたと思います。そこにヨーロッパの人たちも驚いたわけで。数々の失敗もしましたが、それでもいろいろな物を作らせていったということは、相当なエネルギーのある人だったんだろうと。

-斉彬と吉之助の関係については、どのようにお考えでしょうか。

 西郷という男が持つストレートさ、直球でものを受け止め、考え、行動していくということに関しては、とても近いものを感じます。もちろん、抱えているものの大きさが異なるので、いろいろと違いはありますが、「これは面白い。やれ」と言ったことへの対応は、非常にスピーディー。たとえ失敗しても、それを糧にしてどんどん先に進んでいく。そういう発想の距離感は非常に近い。だから、西郷が斉彬に触発されて次の時代に向かっていく根源的なエネルギーを受け渡したいと思いながら演じていました。

-主演の鈴木亮平さんの印象は?

 ナイスガイですよね。もう若手ではないし、いろいろとキャリアを積んできていますから、そんなにあれこれとは言いません。ただ、見ていて気になったことは、時々言うようにしました。あとは、微妙な言い方ですが、ある種の「いい加減さ」というか「そこにあるものだけではなく、ないものも感じながら演じてくれたら」と期待しています。「中盤以降、自分の中にそういうものが生まれてくるだろうから、焦らなくていいよ」とは、彼にも言ってありますが。

-出演が発表されたとき、「大河ドラマで俳優としての基礎を育てていただいた」とコメントされていましたが、具体的にはどんな点でしょうか。

 どこと言えないぐらい、基礎中の基礎を全部たたき込まれました。歩き方や立ち振る舞い、着物やよろいの着方、役に応じて刀をどう差すのか…。とにかく、ありとあらゆることを教えていただいたので、今では所作の先生が遠慮するんです。「あいつが言うんだから間違いない」と。「いやいや。間違えていたらちゃんと言ってくださいね」と思っているんですけど(笑)。

-大河がなければ、その後のキャリアはなかったと?

 全く考えられません。もちろん、いろいろな作品から学ぶことはありますが、ここまで時間を掛けて実践の中で教わる機会は他にありません。そういう意味で大河ドラマは、俳優にとって学ぶためのものすごいチャンス。だから、これからもずっと続いていってほしいです。

-渡辺さんは若い頃、大河ドラマで三船敏郎さん、勝新太郎さんといった名優のお芝居を間近に見てきたわけですが、今、ご自身が若い俳優から目標とされる立場になったことをどう感じていますか。

 恐らく先人たちは、そんなことは考えずにひたすら自分がやりたいこと、やらなきゃいけないことに向かって突っ走っていただけだと思うんです。それを僕らが、背中を見ながら必死に追いかけていった。僕も今、そういう感じです。だから、「これでどうだ」みたいなことを言うつもりはさらさらありません。今、自分がやりたいこと、やらなきゃいけないことに対してどこまで真摯(しんし)に、たたき壊しながらやれるかということを日々繰り返しているだけで。役の上では藩主と家来でも、俳優としては横綱も大関も平幕も、土俵に上がれば一緒。それは僕が幕下、十両ぐらいの頃から思っていたことで、今も変わりません。

-来年は60歳を迎える節目の年になりますが、今、俳優として心掛けていることは?

 40代でフィールドを広げて仕事をするようになってから、「渡辺謙はこういう俳優」と言われるのがうれしくないんですよ。だから、「こんなこともするの?」「あんなこともできるの?」と言われるぐらい、フットワークを軽くしたい。もちろん、肉体的には今までのようにはできないことも出てくるでしょうけど、精神的にはどんどんフットワークを軽くしていきたいです。

-時代劇の魅力とは?

 いいんですよ、制約が多くて(笑)。携帯はないし、連絡が取れないから、人同士がすれ違うことが多い。だから、人間が持っている情熱や情念みたいなものが、僕らの3倍ぐらいあるような気がします。現代劇で生きるの死ぬのと言っても「ふざけるな」と怒られそうですが、時代劇だとそれが成立する。だから、そういう思いの深さや情念の中で人が必死に生きている姿を演じられるのは、俳優としての醍醐味(だいごみ)だし、時代劇の良さではないでしょうか。

-久しぶりの大河の現場で感じたことは?

 朝ドラの「はね駒」(86)に出演したとき、NHKの方が「(野球で言えば)朝ドラ、大河はうちの3番、4番」と言っていたことをよく覚えています。その意識は、視聴者の中にもあるに違いありません。だから、そういう作品を作るんだという気概を持って、僕自身もまたNHKに来ました。今のスタッフや俳優の中にもそういう気概は感じられるので、この伝統は失わないでほしいし、よぼよぼの白髪になってもまた出たい。そのときは、思いもかけないような役がいいですね(笑)。

(取材・文/井上健一)

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