新国立劇場演劇『アルトナの幽閉者』稽古場より。美波、横田栄司 新国立劇場演劇『アルトナの幽閉者』稽古場より。美波、横田栄司

30代の新進演出家が自ら選んだ戯曲を上演する新国立劇場の試み「Try・Angle -三人の演出家の視点-」。その掉尾を飾るのは、文学座出身の上村聡史が岡本健一を主演に迎え、サルトルの問題作を現代に甦らせた「アルトナの幽閉者」。開幕まで2週間を切った2月初旬、通し稽古が行われた稽古場を訪れた。

新国立劇場演劇『アルトナの幽閉者』チケット情報

1959年のドイツで造船業を営む一族の家族会議。余命6か月の父、後継者に指名された次男とその妻、長女が出席するが、彼らの心に重くのしかかるのは、戦争で心に傷を負い、屋敷の自室に13年間引きこもったままの長男の存在だった。やがて長男と家族の対面が実現するのだが…。

時計の鐘と共に舞台は幕を開ける。絶対的な権力を誇る父(辻萬長)、父と正反対に気弱で自信のない次男・ヴェルナー(横田栄司)、どこかあきらめの境地で家族の中にいる長女・レニ(吉本菜穂子)、自由を求めるヴェルナーの妻・ヨハンナ(美波)。会話のやりとりから、4人の全く異なる個性が伝わってくると共に、一家の過去が少しずつ明らかに。同時にバラバラの4人が共通して胸を痛める問題――長男・フランツ(岡本健一)の存在が浮き彫りになる。

岡本演じるフランツが現れると、一瞬にして場の空気が一変する。サルトルの作品とあって、セリフの量は膨大で哲学的な内容も含んでいるが、岡本は長ゼリフを完全に自分のものにしており、戦中、終戦直後の回想、そして現在と時代が変わるごとにフランツの顔つきから話し方まで別人のように変貌を遂げ、狂気をまとっていく。

戦争責任を扱ったシリアスな内容にもかかわらず、個性的な一家の面々の奇妙な掛け合いはどこかコミカルで、稽古場には不思議と笑い声が響く。ナチス、戦争の狂気を前に、良心に従って行動したフランツだったが、その善意は見事に裏切られ、やがて絶望と罪の意識から精神を病み、2階の部屋に自らを閉じ込めてしまう。ヒトラーの肖像が掲げられた部屋で、彼にしか見えない「法廷」を開き、彼が“蟹”と呼ぶ裁判官たちに向かい、ドイツを弁護しようと語りかける姿はシュールかつ圧巻! 岡本の狂気に満ちた振り切った演技に演出席の上村が笑い転げる姿も見られた。

そして忘れてはならないのがヨハンナを演じる美波の存在。フランツとの対面をきっかけに、彼女が苦悩の中に美しさと強さをまとっていくさまは大きな見どころ。「元女優」というサルトルが設定したヨハンナの背景を美波は見事に体現し、岡本と“共犯関係”とも言える絶妙の駆け引きを見せている。

彼女の説得で実現したフランツと父の13年ぶりの対面がもたらすのは…。

『アルトナの幽閉者』は新国立劇場小劇場にて2月19日(水)から3月9日(日)まで上演。

取材・文:黒豆直樹