『「神なき国の騎士」-あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?』  撮影:細野晋司 『「神なき国の騎士」-あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?』  撮影:細野晋司

世界的ベストセラーである『ドン・キホーテ』を題材に、川村毅が新作を書き下ろし。野村萬斎が演出・主演を務める舞台『神なき国の騎士―あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?』が、3月3日、東京・世田谷パブリックシアターで開幕する。

『「神なき国の騎士」-あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?』チケット情報

やせ馬のロシナンテにまたがったドン・キホーテと、ロバに乗ったお伴のサンチョ・パンサ。風車を巨人だと思い込んだドン・キホーテは、サンチョ・パンサが止めるのもきかず、風車へと突進していく。そこで突如ふたりの耳に聞こえてきたのは、“世界の終わり”を思わせるような物音。その後彼らは、ある街へと迷い込み……。

同劇場の芸術監督でもある萬斎は、これまで『マクベス』などシェイクスピア作品と能狂言を融合させた、意欲的な作品を数多く発表してきた。そんな萬斎が、「能狂言に通じる感性を直観した」として取り上げたのが、今回の『ドン・キホーテ』である。そしてこの不朽の名作から大胆な劇世界を創作したのが、脚本の川村。光と闇、虚と実。二極の世界を行き来しつつ、川村はドン・キホーテたちの前に、現代の日本が生み出したある問題を突きつける。

冒頭で描かれるのは、小説『ドン・キホーテ』を象徴する、老騎士ドン・キホーテが風車に戦いを挑むシーン。しかしその次のシーンで彼らは、なぜか日本のとある歓楽街に立っている。彼らの周りを行き交うのは、キャバ嬢に暴力団員、さらにはホームレス。そんな現代社会というリアリティに投げ込まれたドン・キホーテは、かの名作の中にいた時よりも、さらに気の触れた存在として観客の目には映る。しかし物語が進むにつれ、観客は分からなくなるのである。ドン・キホーテではなく、今私たちが生きているこの現実こそが、実は狂っているのではないかと――。

どんなに気が触れたと言われようとも、自らの使命に燃え、理想のために邁進するドン・キホーテは、まさに萬斎の当たり役。狂言師らしいユーモラスな表現の中に、ドン・キホーテという男の熱き魂を芯に秘める。サンチョ・パンサを演じたのは、猫のホテルの中村まこと。萬斎との息の合ったコンビぶりは、初共演とは思えぬほど。また物語に奥行きを与えるのは、馬渕英俚可、木村了、深谷美歩、谷川昭一朗、村木仁といった若手からベテランまでの巧者たち。また大駱駝艦のメンバーが、その身体表現により、せりふとせりふの間を埋め、観客の想像力を何倍にも膨らませてくれた。

公演は3月16日(日)まで上演。チケット発売中。

取材・文:野上瑠美子