あのころのカセットデッキには当たり前のように書かれていた「AUTO REVERSE」の文字

【日高彰の業界を斬る・11】 パッケージメディアからネット配信への移行が進む中、カセットテープによる新譜の販売が増えているという。にわかには信じがたい話だが、米調査会社ニールセンによると、米国では2017年、カセットテープで販売された音楽ソフトの販売が前年比35%増となり、2012年以来最高の売り上げを記録したという。

日本市場ではカセットテープ音源を発売するミュージシャンが増えている。インディーズが中心だが、昨年は山下達郎やYUKIといった有名アーティストが限定グッズとしてカセットテープ版をリリースした。

記録メディアとしてのカセットテープも生き残っている。さすがにコンビニエンスストアで見かけることは少なくなったが、家電量販店、ディスカウントショップ、ホームセンターなどであれば難なく手に入れることができる。ハードウェアに関しても、現在においてもラジカセの新製品が継続して登場している。昔のようなハイファイ製品はないものの、カセットテープがまったく聞けなくなってしまうのはまだまだ先のことだろう。

しかし、あらためてラジカセやオーディオ機器の売り場に並ぶ製品を眺めてみると、かつては当然のように備わっていたあの機能を持つものが1機種たりとも存在しないことに気付かされる。オートリバースである。

東芝エルイートレーディングは今年3月、アップコンバート機能を搭載し、「カセットでもハイレゾ相当の音質を再現」することをうたうラジカセの新製品「TY-AK1」を発売した。東芝の往年のオーディオ製品ブランド「Aurex(オーレックス)」を冠し、現代のラジカセとしては高級な2万円台半ばの価格設定となっている。カセット、CD、AM/FMラジオに加え、SDカードやUSBメモリに入れた音源も再生できる“全部入り”のラジカセだ。しかし、これだけの機能をもつ機種でも、オートリバースには対応していない。

奇しくも同じ3月、ティアックも単品カセットデッキの新製品「W-1200」を発売した。ダブルカセットで、両デッキが再生/録音に対応する。業務用機ゆずりの高機能モデルで、現在でもオープンリールテープを販売するなど、テープメディアにこだわりのある同社らしい製品だが、この機種でも、先代の「W-890RMKII」にあったオートリバースは取り除かれている。A面の再生が終わったら、カセットテープをいったん取り出し、ひっくり返してB面をセットする必要がある。

音質を重視するためにテープ走行方向を固定したのかとも思ったが、両社にこの点を尋ねたたころ、ともに回答は「入れられるものなら、オートリバース機能を入れたかった。しかし、もう製造することができない」というものだった。

当然のことながら、オーディオ製品のメーカーはパーツから完成品に至るまですべてを自社で開発・製造しているわけではなく、多くのパーツは外部のサプライヤーから調達しているし、製造上で一部あるいは全部の工程を協力工場に委託している。しかし、オートリバース機構を実現するための部材や製造サービスを提供できる取引先が、現在では存在しないのだという。

容易に搭載できる機能だと思っていたオートリバースが、今や手に入れることのできない技術になっていたという事実を知らされたのは、衝撃的だった。今はまだ、かつてカセットデッキの開発に携わった技術者を抱えるメーカーがある。いくらでもコストをかけられるのであれば、メーカー自身が部品や機構を再設計・製造し、オートリバース機能を搭載することは十分可能だ。しかし、それに見合う台数のカセットデッキが売れる時代ではない。まだ店頭には、ごく一部のカーステレオ製品などでオートリバース対応機が残っているようだが、それがなくなるのも時間の問題だろう。

レガシーな技術が経済性を理由として市場から消えていくのは宿命だ。しかし、カセットテープがまだまだ現役のメディアでありながら、一昔前まで当たり前の機能だったオートリバースが失われるのは少しさびしい。最近は大手メーカーがクラウドファンディングで実験的な製品を開発する例が増えているが、そのようなやり方でオートリバースの復活に取り込むメーカーは現れないだろうか。(BCN・日高 彰)

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