『グランドピアノ ~狙われた黒鍵~』(C)NOSTROMO PICTURES SL / NOSTROMO CANARIAS 1 AIE / TELEFONICA PRODUCCIONES SLU /

心の底からハラハラ&ドキドキした映画というのは、鑑賞から何年経っても鮮烈な見せ場がまざまざと脳裏に甦ってくるものだ。ヒッチコックの名作『知りすぎていた男』のクライマックスもそのひとつ。アルバート・ホールに潜む暗殺者がオーケストラのシンバルの音色に合わせ、凶弾を放とうとする緊迫感の何と息づまること。サスペンスと音楽、ヒッチコック一流の空間演出が完璧に融合したシークエンスである。

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はたしてこの魔法のようなスリルを、全編持続的に体感できるサスペンス映画を作ることは可能だろうか。『グランドピアノ ~狙われた黒鍵~』は、そんな無謀とも思える試みに挑戦した野心作だ。若き天才ピアニストのトムを主人公に、コンサート会場内に舞台を限定したワン・シチュエーション劇。恩師の追悼公演でピアノを弾くトムは、開演まもなく謎の暗殺者の銃口を向けられ、客席の恋人を人質にされたことに気づく。しかも暗殺者は、この世でトムしか弾けない超難曲を一音も間違えず完奏するよう要求。ステージで孤立し、もはや逃げることも助けを求めることもできないトムの苦闘が描かれる。

本作を『知りすぎていた男』に匹敵する傑作などと持ち上げるつもりはないし、そもそも全盛期の“サスペンスの神様”と比較するのはフェアではない。それでも作曲家というもうひとつの顔を持ち、劇中の挿入曲も手がけた新鋭監督エウヘニオ・ミラは、オーケストラを従えたトムの演奏とサスペンスのシンクロを巧妙に設計し、ダイナミックなカメラワークでぐいぐい見せていく。トムが舞台恐怖症を患っている設定を加味し、脅えた子鹿のような瞳を持つイライジャ・ウッドの神経症的演技を生かしている点もいい。トムがブレイク中に何度かステージを中座する場面はいささか緊張感を殺ぐが、演奏中のスマートフォンのまさかの活用法など、スリルとユーモアが渾然一体になった描写に目を奪われる。極限状況にもがき苦しむ主人公の文字通り“必死”の振る舞いに、驚くもよし苦笑するもよしの一作なのだ。

作り手のあふれんばかりの意欲と遊び心に引き込まれ、エンドロールまであっという間の91 分。華麗なる“殺意の音楽会”を、ぜひご堪能あれ。

『グランドピアノ ~狙われた黒鍵~』
公開中

文:高橋諭治