新国立劇場演劇『マニラ瑞穂記』稽古場より。千葉哲也 新国立劇場演劇『マニラ瑞穂記』稽古場より。千葉哲也

百十数年も前の異国の熱と湿気、爆音が現代人に「日本人とは?」と問いかける――。栗山民也が秋元松代の名作に挑んだ『マニラ瑞穂記』が4月3日(木)より新国立劇場で始まる。開幕を目前にラストスパートへと入った稽古場に潜入した。

新国立劇場演劇『マニラ瑞穂記』チケット情報

千葉哲也、山西惇、稲川実代子といった実力派のベテランと新国立劇場研修所出身の若手俳優陣が名を連ねる。明治中期、独立に揺れるフィリピンを舞台に“からゆきさん”と呼ばれる娼婦たちを束ねる女衒・秋岡伝次郎、独立運動に共鳴し海を渡った志士たち、領事館のエリートら異なる立場や理想を背負った日本人のドラマが展開する。

スペインの降伏が目前に迫る独立前夜の混乱の中、避難の人々が集う日本領事館で物語は幕を開けるが、登場するや、際立った存在感を放っていたのが、千葉が演じる秋岡。日本人の誇りを胸に女衒という生業に精を出すという矛盾を抱えた男だが、バカでかい声と真っ直ぐで豪快な人柄で不思議なカリスマ性を発揮し周囲の心を掴んでいく。その最たるが娼婦たち。彼女たちは自分たちを売り買いする秋岡を憎むでもなく、時に頼るべき家族のように、時に放っておけないこどもをあやすかのような目で見つめ、不思議な絆と愛着をもって彼の後をつき従っていく。

そこに、同じく秋岡を温かく見守る懐の深い領事・高崎(山西)、エリート然とした古賀中尉(古河耕史)、理想に燃える若き志士らが交わっていく。本作を支える両輪と言える、千葉と山西というベテランの演技合戦も魅力的だが、随所でひしひしと感じさせられるのが女たちの強さ! 夢破れ肩を落とす男たちをよそに、女たちはたくましく生きる。時代の波に翻弄され、祖国を離れ体を売って生活する、恵まれた境遇にあるとは言えない彼女たちだが、涙さえも枯れつくした身ひとつで生きていくさまは清々しささえ感じさせる。

第1幕で宗主国・スペインの降伏、すなわちフィリピン独立の知らせに狂喜する一同だったが、第2幕では喜びも束の間、フィリピンはスペインとアメリカの間で金銭で“売買”されていたことが判明。「フィリッピンのことはフィリッピン人に…」という言葉も出てくるが、演出の栗山は、まさに現在進行形のウクライナ情勢、日韓の歴史認識を巡る問題やアメリカという超大国の存在、沖縄の基地問題などに触れつつ「この作品は現代の映し鏡のようなもの。単なる“過去”を描いているのではない。“いま”を描く危険な歴史劇です」と観客を挑発するかのように語り、初日に向け自信をのぞかせた。

『マニラ瑞穂記』は新国立劇場にて4月20日(日)まで上演。チケット発売中。

取材・文:黒豆直樹

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